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 窓際の席でイヤホンを嵌めなおし、俺は盛大に溜め息をついた。  今まで何度も言われてきた。その辺のモデルや俳優より格好いい、芸能人になればいいのに。そして、こうも言われてきた。「こんなに残念なイケメン初めてだ」と。  そう言われても、オタクなものは仕方ない。俺はアニメや漫画やゲームが大好きだ。それらに登場する萌え萌えな女の子たちも大好きだ。この趣味をやめる気も隠す気もない。  先のミホちゃんの例のように、この顔に魅かれて寄ってくる女性は少なくない。しかし皆俺のオタクっぷりを目の当たりにするとゴミを見るような目で逃げてしまう。よって最近では、いっそのことオタク趣味を隠さずオープンにしていた。意図的にひけらかしている節すらある。それはそれで面白い人と認識されて注目されるので困っているのだが。 「よーっす周藤! 何聴いてんのー?」 「よくぞ聞いてくれた! これは先週発売されたわが嫁のキャラソンでだな、」 「嫁? キャラソン?」 「あー贔屓のキャラクターのことを、嫁って言うらしいぞ」 「何それ超うけるー」  けたけたと笑うのは同じ工学科の同期のみなさん。先の山田くん(だっけ?)を含む三人組だ。彼らはみな、オタクとは縁遠い『リア充』と呼ばれる奴らだ。いつも三人組なので俺は心の中でリア充三銃士と呼んでいる。  漫画はアツい少年漫画しか読んだことがなく、家にいるよりも友人たちと街へ繰り出すことを好み、ファッションや髪型に気を配る、オタクには理解しえない生き物。それが彼ら『リア充』だった。俺にリア充が理解できないように、彼らはオタクが理解できないらしい。それを嫌悪するでもなくこうして面白がってくれるのはありがたいが、まあノリは合わない。  超絶オタクな俺がこうしてリア充にも受け入れられている点だけは、この顔に感謝している。オープンオタクの宿命として、クラスから浮き、教室の隅を棲家とするしかない悲しい風習がこの世には存在しているが、俺は何とかその憂き目から逃れていた。  俺が彼らに溶け込むことができているのはひとえにこの顔のおかげだ。イケメンでありさえすれば、リア充と一緒にいてもそうそう浮くことはない。 「ほんと飽きねーなぁ、周藤は」 「俺が嫁に飽きることなんて、あるわけねーだろ!」  カッと目を見開いて言ってやれば、リア充三人組はヤレヤレとでも言うように一様にあきれた顔をしながら、それぞれの席へ戻っていく。  この講義室は狭く、席も長机を八つ並べて、その前に背もたれのない長椅子を据えただけだ。ひとつの机には詰めても三人しか座れない。四人組である我らのうちひとりは誰か一人が犠牲にならないといけないわけで。後ろの席で山田くん(?)らが他愛のない話で盛り上がっているが、今はそこに加わる気にはなれなかった。あんな公衆の面前で萌えTシャツを露呈させて女の子をドン引きさせた山田くん(かな?)に、少し苛立っていたのもある。自分で好んで着ているのだし、そんなには気にしていないが、あんなやり方を選ばなくてもよかったのに、と。  そんな風に考えごとをしていたから、話しかけられていることにしばらく気づかなかった。 「あの……」  消え入るような声がイヤホン越しに聞こえてくる。驚いてバッと振り向けば、男が一人真横に立っていた。  一言で言えば……陰キャラ。真っ黒な髪は長くモッサリとしていて、ただでさえ背が低いところに猫背気味なので顔がよく見えない。銀縁の眼鏡もいかにも野暮という感じだし、超絶萌え豚オタクである俺なんかよりも、はるかにオタクっぽかった。 「あの、隣……空いてますか」  おおよそイヤホンをしている人間に話しかける音量ではない声で問いかけられる。振り返ってざっと教室内を見回せば、確かに空いている席はここ以外にほとんどなかった。 「ドウゾ」  俺なんかの隣でよければ、と自虐的な言葉を胸の中で付け足して、長椅子に置いていたリュックをそばに寄せる。眼鏡くんはありがとう、とぼそぼそ言うと、トートバッグを机に置いて席についた。そのとき。  ガシャァアアンと大きな音がして、俺は誇張ではなく飛び上がった。座ったその体勢のまま、ぴゃんっと腰が浮いた。  教室中が注目する中、眼鏡くんの顔が可哀相なくらい蒼褪めていく。音の正体は、彼のトートバッグによって床に落とされた俺のペンケースだった。ああ、これだからスチール製は。でも仕方ない。だって、そのペンケースは俺の嫁こと、アニメ『戦国おとめ☆てんちゅーファイブ!』のヒロインの一人、小早川(こばやかわ)(ハル)ちゃんデザインのペンケースなのだから。スチール製だろうが紙製だろうが使わざるをえないのだ。俺はぬかりのないオタクなので、嫁デザインのものはすべからく保管用と実用用をそれぞれ保持している。よって床に落ちたくらいで取り乱したりはしない。だが眼鏡くんは顔を真っ蒼にして両手をわたわたと動かし、分かりやすく慌てふためいた。 「ごっご、ごめん、俺、よく見えてなくてっ」 「あーいいっていいって」  ともかく散らばった筆記用具を拾おうと机の下に身をかがめたとき、同じように身を低くした眼鏡くんとお互いの頭頂部がごっつんことぶつかった。 「いてっ」 「あ、ごめん」  カシャン、と軽い落下音とともに眼鏡くんの銀縁眼鏡が床に落下する。すぐに拾い上げて手渡そうと顔を上げて、硬直した。  地味モッサリ眼鏡くんは――俺の嫁、春ちゃんにソックリな顔をしていたのである。

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