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「そういえばあのコワモテボーイは、アレ何なの?」  きょと、と丸い目がこっちを見た。その目の可愛さを遮る野暮なレンズはもうない。いや、厳密に言うとコンタクトというレンズが入ってますけど。  シュンは髪を切った。前髪はまだ少し長めで真ん中わけにして左右に流してあるが、襟足は首がすっきり全部見えるほどに短い。それと、眼鏡もやめた。元々はヤンキー要素を隠すためにわざと地味キャラを気取っていたらしい。でももうその必要はない。だって、どんなシュンでも絶対に受け入れる俺という存在がいつでも傍にいるのだから。 「え、誰のこと?」 「ゲーセンで一緒にいた、あの、妙に馴れ馴れしくしてたやつ」  シュンにはこの俺という男がいるのに、ぐぎぎぎぎ。 「ああ、リュウか。あいつは地元の舎弟」 「しゃて……」  そんな言葉が自然にぽろっと出るシュンさん、さすがっす。シュンは男らしくでっかい口を開けてから揚げを頬張る。かわいいシュンもいいけど、男らしく格好いいシュンもいいなあ。 もぐもぐしている天使を脂下がった顔でにこにこと眺めるが、その背後で数人の女子グループが「周藤くんと一緒にいるの誰? あんな格好いい人いた?」と噂しているのを俺は聞き逃さない。ダメです、これは俺の! 「なんでか分かんないけど昔っから俺の周りチョロチョロしててさ、あの日も俺に会いたくなっちゃってー、ってわざわざ来たらしい」 「……シュンの地元ってどこなの」 「……北関東とだけ応えておく」  めちゃくちゃ遠い。え、何ソレ。そんな遠くからわざわざシュンに会いにきたの? あのボーイ。それ、めっちゃ警戒事項じゃねえか! 絶対シュンに気があるよ、ソイツ!  わなわなと震えていると、いつぞやのようにシュンの後ろを、下げ膳を持った山田……失敬、山本くんが通りがかる。 「……あ。」  彼らとはあれ以来話していない。こっちは殴られたのだから、訴えるとかやり返すとかまではいかないけど、正直謝罪のひとつは欲しいものである。半分は俺のせいだけど半分は八つ当たりだし。でもなあ、シュンが倍くらいやり返してるからなあ。無理だろうなあ。  顔の不自然なところを腫らした山本くんは俺を見ると露骨に眉をしかめた、が、不穏な気配に気づいたシュンがパッと振り向く。 「ヒィッ」  その途端、情けない声をあげて逃げていった。なんなんだ、全く。なんにしてもこれで心配はなさそうだ。 「けっ。根性のねえやつ」  シュンさん素が出てます、素が。  苦笑いしながら白身魚のフライにさくっと箸を通していると、ふ、とテーブルに陰が射す。顔を上げれば、見たことのないメンズ二人が横に立っていた。 「あの、えっと、周藤、くん?」  俺ご指名らしい二名様には本当に見覚えがない。でも既視感というか親近感はびしびし感じる。よれよれのTシャツに毎日穿いてます感のあるジーンズ、異常にでかいリュック。片方は先週までのシュンに負けるとも劣らない地味眼鏡くんで、片方は多少垢ぬけているけれど目立つほうではない感じの、冴えないクン。なんか懐かしいなあ、高校時代の友達はみんなこういう感じだった。 「はい、周藤ですけど」  俺もシュンもきょとんとしてしまう。同じ工学科の人ではないし、シュンの反応を見るからに機械科の人間でもないらしい。眼鏡くんのほうが、恐る恐るといった感じで口を開いた。 「俺ら建築科の福田と富川っていうんだけど」  建築科。それは俺ら工学科よりもほんの少し、いやごめんなさい、はるかに優秀な人たちの集まり。そんな雲上人がこの俺めに何の御用でござるか! 「周藤くんも、『てんちゅうファイブ』、好きなんだよね……?」 「!」  ななな、今なんておっしゃいました?  思わず立ち上がらんばかりに俺は身を乗り出した、と思ったらやっぱり椅子を蹴って立ち上がっていた。ガターンと激しい音が食堂中に鳴り響く。周囲の目が何事かとこっちを向くが、立ち上がってぷるぷると震えている俺を見ると、なんだ、という感じで各々の食事に戻っていく。「また周藤か」って聞こえたぞコラァ! いや、そんなことはどうだっていい。彼らは今、何と言った。何と言ったか! 「実は俺たちも……ホラ」  と、二人そろってリュックからぶら下げたアクリルキーホルダーを目の前に差し出す。  ふあああああああああああああ!  眼鏡くんのほうのは、『戦国おとめ☆てんちゅーファイブ!』の中でも最も人気の高いエロ担当キャラ、上杉ハルカちゃんで、冴えないくんのほうは我が嫁・小早川春ちゃんとの絡みが多く、百合人気の高い前田桜ちゃんではないか!  言葉を失ってプルプル震えている俺を、地味メンズふたりはキラキラとした目で見ている。シュンは……あ、じとっとした目で見てる。でも、でも、これが興奮せずにいられますか! 「今までは山本くんたちが怖くて近寄れなかったんだけどさ、よく大声で春ちゃん春ちゃん言ってるからずっと気になってて」 「うおおおおおお同志よ!」  ようやく出た声を振り絞って、二人の新たなる同志と固く手を握り合った。いた、いたよ。俺の仲間! わがオアシス!  今すぐにでも各々の嫁について語り合いたかったが、二人は午後一で授業が入っているためにあまり時間がないらしい。とりあえず連絡先の交換を先決にした。福田くんと富川くん。完璧にインプットした。福田くんと富川くん! わが心の友になるであろう御名を! 「よかったねえ」  シュンがにこにこしてそのやり取りを眺めている。ちょっとその笑顔が引きつっているような気がするのは気のせいだろうか。ちちち違うって、愛してるのはシュンだけだよー、それとこれとは次元が違うから。ねっ。 「す、周藤くん、あのさ」  冴えないくん改め富川くんがそっと小声で囁いてくる。なんだね、いくら心の友とはいえ男に顔を近づけられてもキモイだけだぞ。いやシュンは別だけど。 「その、お友達、川住くんだっけ? 彼って、めちゃくちゃ春ちゃんに似てない?」  あー……。  聞こえなかったらしく目をぱちぱちさせているシュンを見る。コテンと首をかしげるな首を。可愛すぎるだろ。それから、自分の鞄で微笑むラバーストラップのお嫁様を見る。うん。うん。 「似てないよ」 「えっ」  二人がキョトンとする。それはそうだ。どう見ても似ている、と言いたいのだろう。でも俺はね、知ってしまったんですよ。 「シュンは三次元だから。リアルな存在であって、春ちゃんとは違うよ」  口に出してみると何とも当たり前のことなんだけれど、俺にしてみればすごく重要なことだ。春ちゃんの生き写しとしてシュンを見ていて。気づいたら現実のシュンで俺の中がいっぱいで。ただ単に生身の川住春という男が好きなんだと気づいてしまったから。  何となく雰囲気で察したらしい。シュンはふ、と小さく穏やかに笑った。ああ、その顔本当に愛しいなあ。あ、そうだ。ついでに釘さしておかなきゃ。 「あとリアル俺の嫁だから。可愛いからって手出さないでね」 「え?」 「え?」 「はっ?」  三人分の疑問符が重なる中、シュンの細く小さい顎を片手で持ち上げると、体をめいっぱい屈めてその小さな唇に触れるだけのキスをした。あ、レモン味。からあげにかけていたやつかな。  場が凍る。周囲の席でも何人か目撃したらしく。あちらこちらで箸やら餃子やらおにぎりやらががボトリボトリと落ちる。  最初に一時停止から回復したのは、シュンだった。 「人前で何さらしとんじゃゴラァアアア!」  顔を真っ赤にして、それはもう見事な右フックを俺の頬にお見舞いしてくれる。初めてくらったシュンの拳。うん、意識が遠のきそうなほど痛い。あー壁際の席に座っていてよかった、だって俺横にめちゃくちゃ飛んでるもん。  ドガシャアアアとド派手な音をたてて俺と椅子となんかもう色んなものが大変なことになった。はっと我に返ったシュンが駆け寄ってくる。ああ、天使が見える……。いやその天使にやられたんだけどね。 「うわあああ! ごっごめん、つい! 周藤くんしっかり! って何見てんだおまえらコラァ! 見せモンじゃねーぞ!」  シュン、周りが引いてる。俺を助けるか、条件反射で周囲に威嚇するかどっちかにして……。 「ね、ねえ、川住くんってもしかして……」 「う、うん……」  真っ蒼な顔でガタガタ震える地味メンズ二人と。 「ああああっ、俺の大好きな周藤くんの顔に傷が! ごめんよおー!」  錯乱して肝心なことを口走ってしまっているシュンと、そして壁にぐったりともたれて真っ白に燃え尽きている俺と。ああ、カオス。  これからこんな日常が続いていくのかな。まだ見たことのないシュンの色んな顔を見て、きっともっと好きになる。毎日どんどん好きになる。  愛しい人の手を握ると反対の手で親指を立てて、それはそれはいい笑顔で俺はカクリと事切れた。 おわり

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