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ニ
このあいだまで百人以上がうろつく会社にいたのに、今は全部で三人の会社。
事務所は県庁近くの小さなビルの小さなテナント。
三人しかいないから、せまいわけでもない。
今まで西依先生と二人きりで仕事してたうらやましいヤツは、俺より三つ歳上の千坂 って男だった。
俺と同じで専門学校で西依先生と知り合ってて、修了と同時に雇われたとか。
俺も最初からここで働きたかったんだけど。
「西依先生ー、フォントの色指定ないときは好きな色にしていいの?」
向かいのデスクで事務処理してる先生に聞くと、答えたのはとなりの千坂くんだった。
「先生じゃない、社長だ。それと、わからないことは俺に聞け」
俺の仕事はデザイナーの千坂くんが作った指示書にしたがってデータを作ること。
先生もデザイナーだけど、今は営業とか事務がメインらしい。
仕事のこと聞いても意味ないのは知ってたけど。
「いや、だって『社長』ってなんかすごい遠く感じてイヤなんだよね。あとさ先生いつも出かけてるから、いるときくらい絡 みたいだろ?」
「そうだ、社長が事務所にいる時間は少ないんだから、あまり社長を煩 わせるな」
千坂くんはちょっと冷たい。
言ってることはもっともなんだけどね。
怖い顔してる千坂くんとは逆に、西依先生はニコニコしていた。
「呼び方なんでどうでもいいし、僕も会話があったほうが楽しいけどな」
「適当にやって後で困るのは五嶋 ですよ。ちゃんとしてもらいます」
千坂くん意地悪に見えるけど、しっかりしてて先生がかなり信頼してるってわかる。
仕事もスゴい。
チラシやパンフレットはサクッと形にしちゃう。
名刺とかロゴとか情報量の少ないものを創造するセンスがハンパない。
写真加工もグラフィックを一から作るのも相当レベルが高いし。
これでもし怖い顔しないで手取り足取り優しく指導とかされてたら、間違いなく惚れてた。
いや、顔が怖くても惚れそうないきおい。
西依先生は苦笑しながら俺に顔を向けた。
「そうだね。五嶋くん、これから僕のこと社長って呼んで下さい」
「了解!」
部下にたしなめられる社長になんか萌えながら返事すると、また千坂くんが文句を言う。
「わかりましたとか承知しましたとか、もう少しちゃんとした返事をしろ」
「わかりました!」
前の会社ではちゃんとしてたけど、この会社社長が気取らないからつい地が出てしまう。
千坂くんも、社長が気を悪くしなければたぶん本気で怒らない。
競争とか難解な人間関係があった前の会社に比べたら、とんでもなく居心地がよかった。
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