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八
次の週明け。
鍵開け当番で一番に出勤すると、次に事務所に着いた先生は俺を見るなり超ニコニコした。
「おはようあのね、千坂くんが僕に敬語使わないで話してくれたんだよ!」
「それ、一番最初に報告することかな?」
まぁ、一大事ではあるよね。
先生は週末に息子さんを実家に頼んで、ちさっちとゆっくり話をしたそうだ。
ちさっちは先生と一緒なら一生幸せだって、先生と息子さんを一生支えるって、迷いなく言ったんだって。
ちさっちならそれできそうって思ってたけど、実際そう言えるのって、すごいね。
先生も一度は拒否したけどもう迷わないって約束して、自分も一生支えるって言ったって。
そして、予想通りちさっちは、未経験者だったそうな。
優良物件だと思うんだけど、よく今まで誰にも手をつけられなかったよね。
あとは先生、ちさっちが何度も笑ってくれたとかSっ気があったとかその時だけ敬語じゃなかったとか……、のろけてきた。
Sっ気あるのは最初からわかるよね、て言うかドSにしか見えないけどね。
社長と社員がこういう会話してる会社ってそうそうないと思うよって言ったら、先生は我に帰って『仕事しよう仕事』と、プリントを持って俺の席に来た。
「名刺なんだけど、千坂くんかわいい系苦手でね。今まで勉強でなんとかしてきたんだけど、納得いくまで結構時間かけちゃうんだよ。五嶋くん得意だから、ちょっと作ってみて下さい」
わー! こういうの、俺にもやらせてもらえるの?!
「承知しました社長! 面接とかなかったけど、もしかしてちゃんと俺のトコ見て雇ってくれたの?」
ちさっちとのあいだに壁を作るために、手ごろな無職を雇ったんじゃないんだ。
「学校で二年間、五嶋くんの態度と作品は見てきたからね。欲しかったオペレーターの経験もあったし、僕と千坂くんの足りない部分をおぎなうことも見込んで来てもらったんだよ」
「嬉しいです! ありがとうございます!」
立ち上がり社長に握手して感謝を述べてるところに、怖い顔をしたちさっちが出社してきた。
社長を見て、少し表情をゆるませる。
「おはようございます」
あとは普段と変わらない様子で、鞄を置いてコーヒーをいれにいった。
ちさっちの愛を誓う姿もたくさんの笑顔も見てないけど、……話聞いただけでまた好きになりそうだった。
けどね、それって社長がいないと見れないんでしょ。
仕事をカッコよくこなしてるちさっちも、半分は社長に尽くしてそうなってるんだろうから、だから社長を愛してるちさっちが、俺は好き。
「ねぇ、俺社長の手ずっと握ってるんだけど、やきもち焼かないの?」
ちさっちにそう声かけたら、そっけない顔で俺を見た。
「それよりも、社長と呼んでいるほうが気になる」
社長って呼べって言ったの、ちさっちなんだけど?
「親密度上がったら社長になったんだよね」
「言っていることが違うだろ」
ちさっちはコーヒー片手に席につき、長い脚を組んでパソコンを立ち上げる。
反応なくてつまらないから、社長の手を離して俺も席についた。
俺に名刺頼んだこととか仕事のこと話す社長に、返事するちさっちはいつも通り敬語で、全然浮かれた様子がない。
それもなんだかつまらなくて、社長が出かけてから俺は、仕事をするちさっちをじっと見た。
ちさっちは俺のとこチラッと見て、すぐ元に戻って、でも仕事の手を止める。
しばらくして椅子を回してこっちを向いて、深刻な顔で言った。
「あのな。社長のこと、一生恩に着る」
「そこまで? 重いよ?! 俺、社長に言いたいこと好き勝手言っただけだしね?」
俺にまで一生とか言わなくていいし!
ちょっとおもしろいよ?
でもそのくらいちさっちにとって嬉しいこと、俺したのかなって思うと、なんだかとても、気分がいい。
ちさっちの視線が俺からパソコンのモニターに移る。
席を立ってこっち来て、まじまじとモニターを見た。
「これ、俺が来てから作り始めたんだよな?」
「そうだけど。もう一個あるよ」
並べてふたつ、見てもらう。
ちさっちと社長が話してる間に作ったもの、途中まで作った名刺の案がふたつ。
「早いし、いいな、色とバランス。俺はこういうのは、あまり作らない」
感謝された上にほめられるなんて、うっかりニヤけちゃうじゃないか。
「あんまり優しいと気持ち悪いよちさっち。俺、どっちかって言うとMだからね」
ちさっちは冷ややかな目で俺を見る。
でもすぐに苦笑するように鼻で笑って、席に戻っていった。
わざと怖い顔してくれた、だから全然怖くない。
ほんの少し前だよ。
好きだって気持ちを外野に否定されて、持てない気持ちを強要されて、大好きなのに恋人と別れたの。
落ち込んでたけど、一番楽しく過ごしてたころの先生に拾ってもらえて、元気出たんだよね。
大好きな人に拒否された人、大好きな人を拒否した人、それでもお互いが大好きで、想いが通じたコト、俺もとても嬉しくて、もっと心が元気になった。
お互いに夢中だろうに、俺のこともちゃんと見てくれるとか、俺も二人が大好きだから。
自分を認めてくれる人たちの中で仕事ができるなんて、俺も絶対幸せだよね。
こんなふうに社員全員が幸せな会社って、そうそうないと思うんだ。
了
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