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 月曜日会社に行ったら、鍵開け当番で先に来てたちさっちに、怖い顔で詰め寄られた。 「俺は今から打ち合わせに行ってくるから、社長が来てもくだらないことを言うなよ」  くだらないことってなんだよ。  俺はちさっちの味方なんだけどな。 「先生に言ったの? ホテルで俺とえっちなこととかしてませんって」 「先生じゃない、社長だ。金曜のことは金曜にもう説明してある」  うーん、やきもち焼くヒマあったかな? 「なんか社長って呼ぶと親密度下がった気がしてイヤなんだよね。ちさっちも先生って呼んでたんでしょ?」  言うと、ちさっちはあきれたように口をポカンと開く。  千坂くんトコちさっちって呼んだからだよね。  だって、出てきちゃったんだもん仕方ない。 「一緒にホテル行って親密度上がったみたいだよ?」  ちさっち呼びはやめろって言われるかと思ったら、なにも言われなかった。  こっそり嬉しいのかな。  出かけてるあいだの指示をして、ちさっちは事務所を出ていった。  そしてほぼ入れ違いで先生が来る。 「おはよう五嶋くん。先週はゴメンね、せっかくの歓迎会だったのに」 「大丈夫、楽しかったよ。ちさっちに介抱してもらえたし」  介抱してもらった上に呼びかた変わって、先生は驚いたような悲しそうな顔色になる。  これは、いい反応。 「先生、ちさっち好きなのに、なんで恋人になってあげないの?」  先生は少し迷うふうにしてから、静かに笑った。 「千坂くんは若いんだから、僕より、もっとふさわしい人がいるんじゃないかな」  ちさっちが言ったように、若者の未来を潰すからってことなのか。 「俺とか?」  俺を入社させたときちさっちと俺がくっつけばって、少しは考えたかも。  聞いたら、先生は俺を見て苦笑する。  はいはい、ちさっち優秀だから、俺みたいな軽いのが一緒になったらもったいないよね! 「わかってるよ俺ふさわしくないの! 俺はちさっちには、先生しかいないと思うよ?」 「もしそうだとしても、僕は駄目なんだ。子どももいるし」  どうしても、駄目みたい。  そうだった、恋人になるとして、それは先生だけの問題じゃないんだ。 「息子さんのこと考えて?」 「栄進ね、あの子感受性強いから」  あぁ、言ってたね。  父親が同性と付き合ったら最悪、家庭崩壊するかも知れない。  でも先生は、予想外な言葉を続けた。 「一年生のときに、僕が千坂くんを好きなことも、千坂くんが僕を好きなことも気がついて、結婚すればいいのにって言ったんだよね」 「はぁ? 息子さん賛成してて、ちさっちも先生好きで、俺もちさっちには先生がふさわしいって言ってんのに、なにが駄目なの?! 俺なんか前の会社で、関係ない人にまで反対されたんだからね?」  一緒に入社した大卒でカッコいい営業の人と付き合って、男同士だし周りには黙ってたんだけど、バレた。  俺が貴重なイケメンをたぶらかしたってことで、何人かの女の人からよくわからない意地悪をされるようになって。  俺のことが好きって人からはストーカーみたいなのされるし、もともと女の人が苦手だったから生きた心地がしなかった。  たぶらかしたつもりはないけど、べた惚れしてノーマルな人を落としたのは事実だったから、俺が悪いのかなって、その人とは別れたよ。  だから、邪魔する人がいないのに一緒にならないなんて、すごく贅沢なことで、もどかしくて、イライラする。  俺だってこういう職場だったら、もっと自由に、もっと幸せになれたのに。  言いたいこと、全部言った。  そしたら、あれ? 俺おかしいこと言ってる、って思った。 「ごめん先生、俺、私情はさんでるね」  私情で二人に口を出すなんて、前の会社にいた人たちと同じ。  でも好き勝手言って困らせてるのに、先生はおだやかな目をして首を横に振った。 「ううん、贅沢なのは間違いないよ。それでも、僕は幸せになってはいけないから」 「え、なんで?」  こんな優しい顔した先生が幸せになっちゃいけないなんて、意味がわからない。 「僕は世界で一番大切な息子に『母親がいない』っていう悲しい思いをさせてるんだ。母親になりたくない人とのあいだに子どもができて、母親にならなくていいから子どもを産んでくれって、自分本位にお願いして」  先生は自分をすごく責めてる。  そのこと、先生に責任があるのはわかるけど、幸せになっちゃいけないことはない気がするよ。 「僕のも私情だね。僕が幸せにならないことで、栄進に対してなんのつぐないにもならないんだけど、僕の気は済むから」  つぐなえないけど先生の気は済んで、それで一件落着してる?  いや、ちさっちはそのせいで、すごい悲しいことになってる。 「でもさ、先生が幸せにならないと、ちさっちが不幸になるよ。ちさっちの幸せってなんだと思う?」  聞いたら、先生はそんなに考えずに答えた。 「僕より素敵な人と、温かい家庭を持つことだって、思うけど」  いいね、温かい家庭。  でも、あの顔に温かい家庭って、俺はちょっと想像できないけどね。 「あのね、ちさっちの幸せは先生とえっちすることだよ!」 「えぇ……、そういう話じゃないよね?」  先生が考えたものとは対照的な幸せ像に、先生は困った顔をした。 「先生は彼女がいたとき、週に何回えっちなことしてたの?」  困りながらも、先生は素直に答える。 「一回か二回かな」  え、見かけによらず俺より多い……。  ちょっと、くやしいんだけど。 「俺は彼氏と週に一回するかしないか、ペロペロするレベルのやつなら高校からやってたけどさ、ちさっち、下手したら今までなんにもしたことないよ」 「聞いたの?」  先生はちょっと不安そうにたずねる。 「ちゃんと聞いたワケじゃないけどさ、こないだ俺を助けてホテルまで行った手口、あれ先生にやってやろうってシミュレーションしてたことだから。それは聞いた。先生ラブホは行ったことある?」 「あるけど」 「ちさっち自分で連れ込んでおいて、ラブホ来たことないからシステム教えろって、俺にクソ真面目に聞いてきたんだよ」  先生はその姿を想像したのか、口もとを手でおさえてふき出した。 「それは、なんかかわいいね」  うん、かわいかったよ。  面白いのほうが勝ってたけど。 「先生のせいでちさっちが一生童貞って、あり得ると思わない?」  先生は口もとをおさえたまま、目を細めてうつむいた。  俺的にはちさっちがここで働いてる限り、主人(あるじ)に忠誠を誓う騎士みたいにずっと社長に寄り添ってる気がする。  騎士は主人に恋心ないか、でもそんなイメージで、ほかの人に行くことはないと思う。  ちさっち、フラれたけど今の状態から失敗したくないって言ってたから。  このままがいいって。  でも、『失敗しない』より『成功する』ほうが、何倍もいいに決まってる。  先生は顔を上げると、少し自信なさげな笑みを見せた。 「僕が一生息子に対して意味のないつぐないをするよりも、千坂くんを幸せにするほうが、重要だよね。僕にそれ、できる気がするんだけど、思い上がりかな?」  やっと先生が納得してくれた! 「そんなことない! 先生と一緒ならちさっち、一生幸せだよ。聞いてみなよ」  ちさっちが幸せになれるかもって思うと、すごい、嬉しい。  先生も嬉しそうに笑って、 「今度聞いてみるよ」  って言ってくれた。  ……よかった。  これで俺も、やきもきしないでここで働けるから。  早くちさっち帰ってこないかなってワクワクしながら、ちさっちにもらった仕事の準備を始める。  そうそう、大事なこと、念を押しておかないと。 「あとさ、ラブホに連れて行ってあげて」  ここきっと大切。  ちさっち妄想してたし、先生えっちなこと嫌いじゃなさそうだし。  先生はちょっと考えてから、 「……今度の週末にね」  って言った。  はぐらかさないで具体的に言ったから、ホントに連れてってくれるんだなって、安心した。

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