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六
千坂くんテキトーなこと言ってんのかと思ったけど、ホントにラブホに連れてかれた。
ベッドに座らされて、シャツのボタンを一個外される。
「呼吸が早いぞ、ちょっと落ち着け」
どこか行こうとするから、服の裾をつかんで止めた。
「水、取ってくるから」
振り向いた千坂くんは少し心配そうな顔してて、行って欲しくなかったけど、手を離す。
言われた通り呼吸を整えてるとミネラルウォーターを渡されて、それ飲んだら、少し落ち着いた。
「ゴメンね俺、女の人苦手でさ。顔のこと言われると、ときどきこうなるんだよね」
「五嶋が悪いんじゃないだろう」
千坂くんは椅子に座って腕と脚を組む。
脚、長いなー。
「あのさぁ」
しゃべってたらだんだん普通に戻ってきて、俺は悪態つくように千坂くんに言った。
「ピンチのときに優しくされたら好きになっちゃうだろ! 吊り橋効果って言うの?」
「ちょっと違うんじゃないか?」
えー、違った?
こんな場所にいるのに千坂くんは平常心で返してきて、なんか腹立った。
千坂くんかわいいなと感じてたところで俺のピンチから動じずに助けてくれて、不安のせいでドキドキしてるのはわかってるけど、千坂くんにドキドキしてるんだと錯覚してしまう。
元々惚れそうだと思ってたし。
千坂くんと先生の仲に割り込める気は全くしないのでこの先どうとかないんだけどさ、俺だけドキドキしてて千坂くんがケロっとしてるのムカつくんだけど?
「ねぇ、ここまで来る必要なくない? 喫茶店は閉まってたけど、ファーストフードは開いてたでしょ? そもそもあの場で『俺のオトコだ』ってさぁ、他にかわしかたあっただろ?」
まくし立てると、千坂くんが顔をわずかに引きつらせた。
椅子に座ったポーズはそのままで、口を開く。
「笑わないで聞け。前に一度、社長が軽く絡 まれたことがあって」
あぁ先生、小さくてかわいいからなー。
「もし今度絡まれたら、こうやってかわそうと」
「妄想してたの?」
「妄想じゃない、シミュレーションだ」
「ふふっ」
現実主義っぽくて先生のことストイックに崇拝してるように見える千坂くんがさ、恋人ぶったあとにホテルに逃げ込むとか不健全な妄想してたなんて萌えるだろ。
俺への優しさが全部先生に向かってたんだと思ったら、おかしくてドキドキがどっか行っちゃったよ?
笑うなって言ったのに笑っちゃったから、千坂くんは不機嫌な顔をしてため息をついた。
そしてポケットからスマホを取り出して、電話をかけ始める。
先生にかけてるな。
急に寸劇はじめたこと詫びて、俺が落ち着いたからそのまま帰るとか言ってる。
電話切りそうなところで、俺は千坂くんのスマホを奪い取った。
「先生、今ラブホで休んでるんだけどさ」
千坂くんが慌ててスマホを取り返そうとするから、俺は走って逃げた。
「千坂くんともうちょっと休んでから帰るね! お疲れ様でした、また来週!」
電話を切って、千坂くんに捕まらないようにスマホをベッドの真ん中に投げて、反対に逃げる。
千坂くんはスマホを拾って通話が切れているのを確認してから、俺をにらんだ。
「おまえ……、なに言ってんだよ」
「いや、事実だよね?」
あせってる千坂くんは、面白いけど、迫力がすごい怖い。
「先生やきもち焼くかなぁ」
先生やきもち焼いて、千坂くんが大切だって気づいて二人がくっつかないかなって思った。
千坂くんは、動かなくなった。
先生がやきもち焼くトコ、妄想してるのかも知れない。
「元気になったなら帰るぞ」
またため息ついてスマホをポケットに戻す千坂くんに、俺はベッドに腰掛けて文句言った。
「こんなトコに連れ込んどいて、なにもしないで帰る気? 俺の性欲どうしてくれんの?」
対して千坂くんは、無表情だった。
「純粋に休憩するつもりで入ったんだ。悪いが不満だったら別の誰かを呼んでくれ」
スッパリ断られたけど、がっかりもなにもしない。
「わかってたけどね。千坂くんが俺に全然欲情とかしないの」
ミネラルウォーター飲んで一息ついて、出口に向かう。
千坂くんはラブホに来たことなくてシステムがわからないから、支払いとか教えろと言ってきた。
なんでもスマートにこなしそうなのにどこまでも先生に一途らしい千坂くんが、やっぱりかわいくて面白いなーと思った。
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