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第1話

今日、僕は家族で新しいマンションに引っ越してきた。 大きなマンションに僕は首を目一杯上に向けて高さを確認する。 今まで住んでいたマンションより大きいのか見上げた首が痛くなってきた。 「管理人をしています鈴木です」 「はじめまして。北村です。今日からお世話になります」 お父さんが知らないおじさんにニコニコと挨拶を言っている。 お父さんの後にお母さんが何かを言った気がしたけど、もう一回マンションの高さを見るために首を反らしていたので聞いていなかった。 お母さんによって背中をぽんっと押されている気がしたが、飛んでいる鳥が気になっておじさんの顔はよく見なかった。 「では、こちらが部屋の鍵です。もし無くされてしまった場合は、エントランスにある管理人室までお知らせください」 おじさんが鍵の束をお父さんに渡している。 その鍵を受けとると、すぐに引っ越し屋さんとお父さんがマンションの中に入っていった。 荷物の運び込みが終わるまで、町の散策でもしようかとお母さんに言われて僕はワクワクとした気持ちに大きく頷く。 「ここが新しい学校?」 「そうだよ。新しいお友達ができるといいね」 「うん!」 大きな建物の前に止まった僕は、お母さんの笑顔に嬉しくなる。 転校するのは寂しかったけど、新しい学校を見ると校舎が新しいのか白い壁が眩しかった。 今日は休みなので、校庭では野球のクラブチームが練習をしている。 「商店街もあるみたいだよ。夜のご飯買っていこうか」 「僕、からあげがいいな!」 お母さんと手を繋いで、近くの商店街を歩く。 商店街は色々な匂いや音がして、思わずキョロキョロとしてしまった。 僕のリクエスト通り、お総菜屋さんで唐揚げの入ったお弁当を買ってから新しいマンションへ帰る。 玄関ではお父さんと話していたおじさんが大きなホウキを持ってマンションの前を掃除していた。 「おかえりなさい」 「お疲れ様です」 僕たちに話しかけて来たおじさんにお母さんが会釈をした。 おじさんが僕をじっと見ていた気がしたので、僕はお母さんの手をぎゅっと握る。 新しい部屋に入ると、家具はセッティングが終わっていて部屋の隅に段ボールが山積みになっていた。 「おかえり」 「ただいまー!!」 「あら。みのりったら、甘えん坊ね」 部屋で待っていたお父さんに抱きつくと、お母さんからクスクスと笑い声が聞こえた。 僕はからかわれた事へ頬を膨らませる。 僕のお父さんはお医者さんで、お母さんは看護師さんだ。 だから、家に居ないことも多くてこんな風に二人が揃っている事は少ない。 たまには甘えたいと思うが、中々口に出して言われると恥ずかしかった。 「だって、お父さんとお母さんが二人とも居ることが嬉しかったんだもん!」 「それは、みのりをいつもお留守番させててごめんな?」 「今日は一緒に寝る?」 「やだ!折角僕の部屋ができたんだから、自分の部屋で寝る!」 僕の叫びに、お父さんとお母さんから笑いが零れた。 あまり両親が家に居ないとは言っても、僕の部屋と言うものが今まではなかったが引っ越して僕の部屋ができた。 折角自分の部屋ができたのにそこで寝ない手はない。 「じゃあ、少し片付けをしてからご飯たべましょうか」 「そうだな。みのりも自分の部屋を少し片付けたらどうだ?」 「うん!」 僕たちは少し荷ほどきをしてからご飯を食べた。 惣菜屋さんで買ったお弁当を皆で食べながら、お父さんにマンションの1階にある部屋には管理人さんが居ることを聞いた。 自分達が居ない時に、困ったことがあったら管理人さんに言いなさいと説明をされる。 玄関に居たおじさんが管理人さんなんだろうと顔を思い出そうと思ったが、すぐに目の前のお弁当の中のお惣菜に気がそれてしまった。 「ちゃんと髪の毛乾かしなさい」 「は~い」 「新しい部屋が嬉しいからって夜更かししないで、早く寝るんだぞ?」 「わかってるって!」 お風呂にも一人で入って、お母さんから髪の毛をちゃんと乾かすように言われるが適当に返事をする。 お父さんにも夜更かししない様に言われるがそれにも生返事を返して部屋に帰った。 後ろ手に扉を閉めると、まだ片付いていないがベッドや勉強机等の大きな家具の配置は終わっているのでベッドに飛び込む。 ふと勉強机の上にぬいぐるみが置いてあることに気がついた。 そのぬいぐるみは茶色のクマで、黒くて大きな目をしている。 お母さんかお父さんが置いたものだろう。 ぬいぐるみと一緒に寝る趣味は無いから、せっかくのプレゼントだしそのまま机の上に置いておく事にした。 「おやすみ」 一応クマにも声をかけて布団を被った。 疲れていたのかすぐに瞼が重くなってきて、僕はすぐに寝入ってしまう。 ベットの横に人の気配を感じてうっすらと目を開けると、お父さんが小さくいってきますと言っているのが聞こえた。 夜勤に行くのだと分かったが、僕は眠たすぎて小さく頷く。 頭を撫でられた気がしたが、すぐに瞼が重くなって意識が遠退いていくのを感じた。 「いたぁ。なにぃ?」 寝ていたら腕に走った痛みに意識が浮上してくる。 うっすら目を開けて腕を持ち上げてみるが、特に変わったことはない。 なんだったんだろうと疑問に思いつつ腕を擦りながら再び目を閉じるとまた意識が遠退いていく。 またベッドの側で人の気配を感じたが、お母さんかなと思っているとお腹を撫でられた。 特にお腹が痛いとかそんな事も無いのになとも思ったが、眠気には抗えず目も開けずにそのまま寝てしまった。 ピピピピピピピ 「ふぁぁ。う~ん」 目覚まし時計の音で目が覚める。 今日は土曜日なので学校は休みの筈なのにうっかり寝る前にスイッチを押してしまっていたのかもしれない。 僕は目覚ましのスイッチを消すために起き上がろうとしたところでお尻に違和感があることに気が付いた。 寝ている間に漏らしてしまったのかもと焦って布団を捲るが、どこも濡れている様子がなくて僕はほっと息をつく。 でも足の間がぬるぬるしている様な感覚と、お尻が熱いような気がして僕はトイレに行くことにした。 「うーん?」 トイレに行って紙でお尻を拭いてみるが、濡れていると言うこともないし痛くもなかった。 僕は思わず首を傾げるが、考えるのをやめてもう一度ベッドに戻る。 トイレに行った時にテーブルの上に朝食の準備がしてあったので、お母さんも今日は仕事に行ってしまったのだろう。 お母さんが居ると早く起きなさいと言われるので、今日は二度寝でもしゃちゃおうと布団をかぶった。 「ふぁぁ。今なんじぃ?」 次に目が覚めるとお昼を少し過ぎた時間だった。 そんなに寝てしまったのかと驚いたが、お腹がぐぅぅと音を立てる。 朝から何も食べていないので当然お腹がすいているし、喉も乾いていた。 僕はのろのろとベッドから起き上がるとキッチンへ向かう。 冷蔵庫を開けてお茶の入ったサーバーを取り出してそれを持ってキッチンのカウンターの上に置く。 コップを食器棚から出すときに口許がこそがしくてそこに手を触れると縮れた毛が口の中から出てきた。 寝返りをうったときにでも髪の毛が口に入ったのかなと思って特に気にも止めずゴミ箱にその毛を捨てた。 コップにお茶を注いで立て続けに2杯飲んだところで人心地ついてふぅと息を吐く。 「こんなに寝たのはじめてかも!」 今日みたいに長時間寝たことが無かったので変な嬉しさにテンションがあがる。 ダイニングテーブルの上に置いてあるメモを読んでもう一度冷蔵庫を覗く。 朝はテーブルの上に食事が置いてあった気がしたんだけど、寝ぼけていたみたいで朝食も昼食の準備も冷蔵庫に入っていた。 朝ごはんは明日の朝に食べればいいやと思って昼食に用意されていた焼きそばの乗ったお皿を取り出す。 1人で留守番している時は火を使っちゃいけないので、お母さんがすぐに食べられる物を作っていってくれる。 ピーッピーッ 「あちち!」 電子レンジから温まった焼きそばのお皿を取り出そうとしたら、思った以上に熱かった。 軽く火傷をしてしまったみたいで指先を水で冷やす。 痛みが引いたのでテーブルに戻って焼きそばを食べる為にお皿にかかっていたラップを外した。 「えへへ。マヨネーズもかけちゃお!」 焼きそばを少し食べたところで良いことを思い付いて椅子からぴょんと降りる。 再び冷蔵庫を開けてマヨネーズのボトルを取り出して席に戻るとそのマヨネーズのキャップを開けて麺の上にかけた。 この家に引っ越して来るときにお母さんは“フルタイム”というのになるからと言っていたので完全に1人の時間が増える。 家に僕以外居ないのは寂しくもあるけど、好きな時間にゲームをしたりご飯を食べたりするのが単純に嬉しかった。 少しテーブルの上が汚くなっちゃったけれど、焼きそばを全部食べたら口許を拭いてソファーにダイブする。 お母さんが居ると怒られる事でも今日は何をやってもいいんだと思うと嬉しかった。 「ゲームもやっちゃお!うーん。動画を見るのもいいな」 ローテーブルの上に置いてあるポータブルのゲーム機を持ち上げつつテレビのリモコンも手にとる。 動画を見るのもいいし、ゲームをするのも楽しい。 「そうだ!動画見ながらゲームすればいいんだ!僕ってあたまいー!!」 少し悩んだけれど、両方同時にすればいいのだと気が付いて僕はテレビをつけた。 動画サイトのアイコンを選んでいつも見ている動画を検索する。 こんな事も普段だったら怒られちゃうけど、今日は何でもできる。 そう言えばさっき冷蔵庫の中にジュースが置いてあったなと、冷蔵庫へジュースのペットボトルを取りに行く。 普段ジュースの買い置きなんてして無いのに今日からお母さんが居ないからなのかなと思ってジュースを取り出す。 ジュースを飲んで、テレビで動画を流しながらゲームをしていたら満腹感でなのか僕はまた眠りこけてしまった。

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