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おまけ
「おかえり」
「……ああ」
未だボロアパートに自分以外の人間がいることに慣れない。一拍遅れて朝倉 は返事をした。
どこから持ち込んだのか、この部屋に存在すらしなかったエプロンを引っ提げて、真新しいオタマで鍋をかき回すトキの姿。以前、同棲していた男も料理はしたが、それともまったく違った。トキの作る味は彼の祖母直伝であるためか、どこか懐かしい味をしていると思いかけて――まともに調理のできない自分が同列に彼らを並べるのは失礼であり、おこがましいと思い直す。
どいつもこいつも人を甘やかすばかりで、舌が肥えていけない。禁煙したためかトキの食事のせいか、隙間が減ったワイシャツの袖を自覚しながら筋トレを増やそうかと朝倉は考えを巡らす。
「何か買ってきたの?」
ぼんやりしていたらしく、訝 しげに掛けられた声に首肯する。
「新作あった」
「甘いの好きだね」
朝倉の手の内の紙袋をのぞいたトキは目元を緩める。いつものように洋菓子をつまみ上げて口元へ運べば、開かれる。まるで餌付けしているようだと、猫の子を思い起こす。トキとひとつを分け合うようになったのはいつの頃からか。ふたつ買えば問題なくそれぞれにありつけるはずなのに、なぜひとつずつなのかと気づいたのはここ数日だ。特別トキからも今まで文句が上がったことはない。色んな味が比べられていいのか。
囓 られた残りを含んで、広がる仄かな柑橘とクリームの甘さを堪能する。
「……む?」
引かれる手への短い疑問と、重なる嚥下。
「足りないなら、もう一種類あるぞ」
指についたクリームに這わされる舌。朝倉が示す袋は無視され、そのまま爪先に寄せられ食まれる。
ふわり。
男にしては長いまつげが持ち上がり、きれいなそれでいて強い瞳に射貫かれる。
静かに息をのむ間にも、赤い舌は指の谷間に向けて進む。
力は朝倉の方があるはずが手を引くこともできず、固まったまま行く末を見守るしかできない。
口づけを繰り返し、たどりつく指の中ほど。
甘噛みされたと気づいたのは、走る痛みと細い日焼けの残る場所につけられた痕。境界もだいぶ薄くなった。
一瞬のできごとであるはずが、まるでコマ送りのように。
胸元の鎖の感触を覚えるよりも、それ以上にトキから眼を外せないでいる。
まるで神聖な、ナニかのように。
タコもマメもあるゴツイ男の手の甲に施される行いを凝視しながら。朝倉の手越しに見上げられ、口角を舐め上げる舌に知らず釘付けになる。
「――あまい。」
それは甘味に対してか、はたまた――。
おかしな気分になりそうなのを押しとどめて、仕方なしを装いため息をこぼす。
「猫か何かになったつもりか。ベタベタだ」
きれいでもない男のゴツイ指をしゃぶるなどと悪趣味。
呆れながらも見返せば、思いのほか真摯な瞳とぶつかって顎を引く。
「朝倉……」
――ああ、コレはダメだ。
後頭部を引き寄せられる感触を覚えながら、視界いっぱに広がってピントすら合わない男の顔に観念した。
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