1 / 7
ハロウィン編 Trick Or Treat /Andrew Gold
『ーーーーお菓子をくれなきゃイタズラするぞ!』
Andrew Gold/Trick Or Treat
「ハジメちゃん、見て見て!」
「なにそれ」
土曜日。
半日保育から帰ってきたカホの頭には魔女の帽子が、手にはキラッキラのテープが巻かれたラップの芯の先にビニールテープでできた房が付いている物体ーー多分手作りの箒が握られていた。
「保育園で作ったんだよ」
カホはその場でくるりと回って、箒を持ったまま顔を傾けてポーズを取る。
「ふうん」
適当に答えると、カホは頬を膨らませる。
「ちがうでしょ!」
地団駄を踏んで怒り始めた。
「は?なにがだよ」
「せっかく魔女さんの格好してるんだからちゃんとかわいいって言って!」
溜息が出ると同時に脱力した。
なんでこう面倒くせえとこばっか姉ちゃんに似てくるんだ。
「あー、ハイハイ、かわいいかわいい」
カホは目をパチクリさせた後、えへへ、とニマニマしていた。喜んでいるみたいだ。
これでいいのか?基準が分からない。
一方で
「いや、かわいいんだけどさ、保育園から家までその格好だったんだぜ?」
昼飯用の野菜を手際良く刻むユウジの顔は疲れ切っていた。
「・・・おつかれ」
思わずそう声を掛けていた。
「ハジメちゃん、トリックアトリート!」
魔女の格好をしたままのカホが箒をぶん回してこっちに向けてくる。
「危ない。やめろ」
「お菓子をもらえるんだよ」
「聞いてたか。当たったら危ないだろ、振り回すな」
カホは不満そうにしたけど、はぁい、と返事をした。
それから画用紙とクレヨンを出して、絵を描き始めた。
やれやれ、と思いながら座椅子に背中を預けて、イヤホンを耳に入れる。スマホの電源を入れた瞬間
「ハジメちゃん」
とカホが膝によじ登ってきた。今度はなんだ。
「トリックオアトリートしたからお菓子は?」
「ない」
「お菓子をくれないとイタズラするぞ!」
カホはニマニマ笑いながら足をバタバタさせる。
「ハイハイ」
構わずスマホの画面をつけた。ウォークマンのスイッチも入れる。
カホはつまんないの、と膝から降りて、画用紙に向かった。ところでいつまで被ってんだろあの帽子。
スマホをいじっていると、頭の上に違和感が乗った。ん?と思って手をやると、ふさふさした感触があって、後ろからカホの笑い声が聞こえた。振り返ると、カホはユウジのとこまで走っていって足の後ろに隠れた。その隙間からニーっと笑ってこっちをのぞいている。
ユウジはチャーハンを炒めながら
「やられたな」
と苦笑する。
頭の上には猫耳のついたカチューシャが付いていた。こんなもんまであったのか。
「カホ。ちょっとこっち来い」
「やーだよっ」
「おいコラお前ら走るな!埃が立つだろうが」
体力が有り余ってるなら外行って来い、と買い出しに出された。そう言っても朝飯の食パンと牛乳をコンビニで買うくらいなんだけど。
「カホも行く」
っていうから連れ出したはいいけど、例の帽子と箒を身に付けたままだった。おまけに
「魔女さんなんだよ」
「あのね、保育園で作ったの」
「トリックオアトリート!」
とマンションですれ違うヤツやコンビニの店員なんかに話しかけてるものだから参った。
「大人しくしてろ」
とコンビニで買った棒付きの飴を渡す。そうしたらそうしたで
「トリックオアトリートしたらお菓子もらえた・・・!」
とテンションを上げて
「トリックオアトリートした!」
と飴を見せまくっていた。ああもう好きにしろ。
「ハジメちゃん、ハロウィンって楽しいね」
家に着く頃には、カホはご満悦だった。
まだ31日じゃねえんだけどな。
今日みてえな面倒ごとは二度とごめんだ。
だから一応、菓子の1つ2つ用意しておくとするか。
end
ともだちにシェアしよう!