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My funny Valentine/チェット・ベイカー

『ーーーーアナタは私のカワイイ恋人』 チェット・ベイカー /My funny Valentine 風呂から上がったカホの髪をドライヤーで乾かしていると、玄関からただいま、とユウジの声がした。  思ったより早く帰ってきた。晩飯をどうするか考えていたところだけど、その必要は無さそうだ。 まあ冷蔵庫の中の常備菜やら冷凍食品やらを温めるだけなんだけど。 疲れた、とネクタイを解きながらダイニングテーブルの上に小さくて小綺麗な紙袋を置く。 「なにそれ」 「ん?チョコ貰った。バレンタインだからって」 そっか、今気づいた。 「カホねえ、保育園でチョコ食べた!」 カホが椅子をガタガタ揺らす。 「危ねえって。動くな」 だいぶ髪が伸びたから時間が掛かって仕方ない。 「そろそろ切れよ」 冷蔵庫を漁っているユウジに言えば 「ヤダ!結ぶの!」 とカホが文句を言う。 こういうところが姉ちゃんにそっくりだ。 「これ温めといて。風呂入る。あ、先に食べていいから」 ユウジは鳥の照り焼きやらマリネやらの入ったタッパーを積んで風呂場に向かった。 カホにテレビを見せておいて、タッパーごと電子レンジに次々突っ込みながら、チラチラとテーブルの上の紙袋が目に入る。 今年はアレだけなのが気になる。毎年コンビニの袋かなんかに個包装のチョコをドサっといれて持って帰ってきた。やっぱりモテるんだなってのがよく分かる。しかも律儀にも何日も掛けて全部食ってたな。俺にも手伝えって言ってたけど、手をつける気にならなかった。 なんかモヤモヤして、イヤホンを耳に着けてリンキンパークのDon't Stayを流した。 デスボイスや広がる重低音に耳が痺れてくる。 テレビに目をやると、この紙袋と同じ柄の包装のチョコのCMが流れてた。有名なメーカーのやつらしい。 やっぱ本命なのかなコレ。 でもユウジはなにも言ってこない。 いや、考えるだけ無駄だ。そうだとしてもどうしようもないし。 でも、テーブルの上の紙袋に手を伸ばしていた。 紐に手を触れるか触れないかというところで服の裾を引っ張られて、ビクリと肩が跳ねる。 「ハジメちゃん、お腹すいた」 振り向けばカホが口を尖らせていた。 わかった、と言いかけたところでユウジがジャージを羽織りながら洗面所から出てきた。 「なんだよ、先に食ってろっつったろ」 「今から食べる。これ邪魔」 ユウジに紙袋を渡した。 「ああこれ?お前も食っていいよ」 紙袋の中からドサドサと毎年見慣れたチョコが出てきた。 「わあ、カホも食べたい!」 「あー・・・晩飯食ってからな。ちゃんと歯を磨けよ」 気に食わない。毎年毎年チョコを持って帰ってくるのもそうだけど、こんな紙袋一つでモヤモヤしてんのにも溜息が出る。   晩飯を食べた後、カホはチョコを頬張ってご満悦だった。 「ハジメちゃんにもあげる。あーんして」 カホはニコニコしながら一口サイズのチョコを摘んで差し出してくる。 やっぱりユウジが知らない女から貰ったやつだと思うと食べる気になれなかった。 「いらない」 「ったくお前は毎年そうだよな」 ほら、とユウジに口にチョコを押し込められた。 舌がざらついて安っぽい味がする。あとクソ甘い。義理だな、と一口でわかる味だった。それになぜかちょっとホッとした。 「イマイチ」 「そんなもんだろ。お前も手伝えよ」 そう言ってチョコを口に放り込むユウジに、去年よりは素直にわかった、と返事ができた気がする。   end

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