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後編

「模武田くんがいてくれて助かった」 「えっ……」 「俺はお酒のことはからっきしなんだ。飲めないから」  室長は可愛らしくラッピングされた円柱型のギフトボックスを持ち上げ、満足そうに目を細めた。  筒の中には、なんでもない日の贈り物としてはかなり奮発したワインが入っている。  フルーティで飲みやすく、女性にも人気のブランドらしい。 「お役に立てて何よりです」 「奥様の機嫌もこれで直るだろ」 「だといいですね。あ、俺が持ちます」 「ありがとう」  差し出されたまま受け取ると、室長の薬指が青く煌めいた。 「あ、あのっ……」 「ん?あ、悪い」  ふいに室長がスーツの内ポケットを探り、スマートフォンを取り出す。  そして何度か画面を押すと、急に表情を蕩けさせた。 「……模武田くん」 「はい?」 「ワイン、任せてもいいかな?」 「はい、それはもちろんいいですけど……直帰ですか?」 「いや、後で戻るよ。ちょっと寄るところができた」 「わかりました」 「それじゃ、後で」  神崎室長は、言うなり俺の返事も待たずに走り出してしまった。  翻るダークグレーのスーツを見送りながら、心の中で手を振っておく。  結局、指輪のことも、奥さんのことも聞きそびれてしまった。  まあ、いいか。  これからいくらでもチャンスは――あれ?  てっきり真っ直ぐ消えていくと思った室長の残像が、急に右折した。  入った先は…… 「楽器店……?」  室長って音楽やるんだっけ……なんて疑問を打ち消す間もなく、彼が外に出てきた。  背の高い男に引っ張られながら。  ふたりの影はもつれ合いながら、すぐ隣の路地へと曲がっていく。  そして、  ぴたりと重なった。  くっついては離れ、離れてはくっつく。  何度かそれを繰り返すと、室長の姿がすっぽりと隠れた。  細い腕が、男の広い背中を皺くちゃにする。  左手の薬指では、青が煌めいていた。  やがてふたりは離れると、なにかを囁き合ったあと別々の方向へ足を向けた。  見送る男の横顔が優しい。  口元を撫でながら愛おしそうに目を細めていた男が、ふいに踵を返す――と。  しまった、目が合った!  俺とほぼ同時にギョッと目を見開いた男は、キョロキョロと左右を見回し狼狽た。  でもすぐに肩の力を抜き、人差し指を立てる。  口の前で、シーッと。  ああ、なんだ。  そういうことか。 「そういう、ことかあ……」  暮れ始めた空を見上げ、俺は笑った。  fin

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