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二人の恋人 その1

 僕の彼氏はヤクザだ。  というか、気がついたら、彼氏がヤクザになっていて、しかもあっという間に若頭なんて立場にまで上り詰めてた。  ヤクザのサクセスストーリー。  でも、僕はそんなの彼氏に求めてなかった。  高校卒業したら、就職して東京に出て一緒に暮らそうね、なんて言ってたけど、彼氏は高校中退して一足先に東京へ出て行った。  会えなかったのは半年。  元々ちょっと乱暴なところがあるやんちゃな彼氏だったけど、僕を迎えに来たときは、何だが立派にチンピラだった。  それから東京に連れ出されて、最初は安アパートで二人暮らし。  僕はコンビニでバイト。彼氏はヤクザ修行。  彼氏は乱暴だけど、気が利いて、頭も良かった。  なので、どんどん幹部の人たちに目にかけられて、風俗店の店長からフロント企業の副社長へとランクアップ。  少しして、ちょっといいアパートに引っ越して二人暮らし。  僕は相変わらずコンビニでバイト。彼氏はヤクザ稼業。  この頃には彼氏はいっぱしのヤクザで、お金を集めるのも上手く、腕っぷしが強いというヤクザにとって理想的な男だった。  22歳になった時、彼氏が懲役に行った。  もちろん身代わり。僕は納得できなかったけど、彼氏は胸を張って出頭して行った。  僕は彼氏の弟と偽り、せっせと刑務所に面接に通った。  そこで、差し入れ刑務所の売店で買わないと面倒くさいとか、結構刑務所の中でもお金がかかるとか、普段の生活には役に立たないけど、彼氏が懲役中な人にはお役立ち情報とか覚えた。  5年して、彼氏が刑務所から出てきたときは、さすがに感極まって、まるで戦場に行った兵士の恋人が生きて戻ってきたドラマみたいに刑務所の外で抱きしめあったりした。  そして、それから色々あって、今。  僕は都心のハイクラスマンションに住んで、優雅に専業主婦をしている。  もうバイトはしていない。僕の仕事はヤクザの愛人だ。 「志信(しのぶ)さん、買い物に行ってまいります」 「ありがとう、気を付けてね」  身長190センチはある大柄な角刈りの男が、170センチ弱の僕に深々と頭を下げて出かけて行く。  彼は部屋住みといって、僕の彼氏が面倒を見ている新入りだ。  彼らは組に入ると、幹部連中の家にそれぞれ住み込みで働きはじめる。  彼氏は椎葉会系靖南組の若頭なので、家にいる新入りも同じ組織に属している。  僕の立場は若頭の愛人。暫定的に「姐」と呼ばれる立場にある。  女なら妻に納まれば良いし、男なら盃を交わして構成員になればいいんだけど、僕は妻にはなれないし、杯は彼氏が嫌がった。だからとりあえず「姐」という事にはなっているけど、それがいつどう転ぶのかは僕にはわからない。  でも、彼氏には僕が居なくちゃダメらしい。  なんせ、僕の彼氏は僕に半分憑いちゃってるんだから。  僕は鼎志信(かなえしのぶ)。椎葉会系靖南組若頭、北条裕司(ほうじょうゆうじ)の愛人。  僕の隣には常に裕司がいる。  それは、比喩でも何でもなく、生霊として僕に憑りついているんだ。  最初は裕司が懲役に出た時のことだった。 「ゆ、裕司?」  出頭する裕司を警察署の前で見送って、アパートに帰ってきたら裕司が居た。  暗い部屋の中、僕らのベットの枕元にぼんやりと立っている。 「え、えっ? どうして?」  駆け寄ると僕に気がついたのか裕司はにっこりと笑って、僕を抱きしめた。 「なんで、警察、行ったんじゃないの?」 『志信が心配で、戻ってきた』 「うそっ! そんなしたら、不味いんでしょ! 裕司が行かなきゃダメなんだって言ってたじゃないか!」  裕司は僕をしっかりと抱きしめ、何度も何度も髪を撫でてくれる。  僕は訳が分からなくて、嬉しいのと混乱してるのとでボロボロと泣きながら裕司にしがみついた。 『大丈夫、向こうには俺も残ってるから』 「え?」  裕司が僕の髪にキスしながら言う。 『志信だけの俺が戻ってきたんだ』  何だか訳が分からない。  でも、ここに裕司はいる。 『俺はいつもお前には、優しくしてやりたいと思っていた。こんな稼業で暮らしてるから乱暴なのは仕事の内だ。だが、お前にだけはずっと優しくしてにこにこしててほしいって思ってたんだよ』 「裕司……」  コンビニのバイトが終わって部屋に戻ると酔っぱらった裕司が居て、何となくからかわれるうちに服をはがれて突っ込まれるようなセックスを繰り返してきたのだけど、優しい裕司は最高に優しかった。  抱きしめられたまま、そっとベッドに押し倒されて、いっぱいキスをされる。 『好きだ、志信』 「ぼく、も……ぁんっ」  服の上からゆっくりと胸を触られて、そのもどかしい快感に身を捩る。  シャツの上から乳首をこりこりと擦られてから、つんとシャツを押し上げる乳首を甘噛みされた。 「や、ぁあ……ゆうじぃ」 『可愛いな、こんなに乳首勃起させて、感じてるのか?』 「ん、きもちぃ」 『乳首だけで達っちまうかもな。気持ちよさそうな顔してる』  舌で舐められ、甘噛みされているうちに、唾液の染みた白いシャツの下に赤い乳首が透けて見えてくる。  その卑猥な光景に満足そうに裕司は笑うと、両方の乳首をきゅっとつまみ上げた。 「やっ! ああっ!」 『どうする? いつもみたいに苛めて欲しいか? それとも、トロトロになるまで舐めてやろうか?』 「えっ」 『志信の気持ちいい顔がもっと見たい。俺にエッチなこといっぱいされてトロトロに蕩けたお前の顔が見たい』 「裕司……」  裕司の顔が近くなって、ちゅっと音を立ててキスされる。  ちゅっちゅっと繰り返し啄まれ、僕は我慢できなくなって唇を開いて、裕司の唇をぺろっと舐めた。 「裕司の好きにしていいよ。裕司のエッチ好き……だから」 『えっちな子だな』  食まれるように唇が合せられ、とろりとした唾液と一緒に裕司の肉厚な舌が入り込んでくる。 「んっく、ん、ん……」  喉を鳴らしながらそれを飲み込み、自分の舌も裕司のそれに絡める。  不思議なことにいつも感じる煙草の匂いが全然しないのだけど、裕司の雄の匂いは生々しく感じる。  涎を溢しながら濃厚なキスをして、そのまま、裕司の唇は喉へ下りて行く。  いつのまにかボタンが外されたシャツを、鼻先で押しやる様にして胸を寛げる。 「ふっ、あ……」  たっぷりと濡れた舌先が、指で弄る様にくりくりと乳首を弄る。  時折、吸うように唇でつままれ、甘く歯を立てられ、尖らせた舌先に突かれ、ぺろりと濃厚に舐めあげられる。 「い、いやっ、あ、あ、あっ……ぁんっ、きもち、ぃ……」  僕はもっともっと甘えたくて、胸に食らいついている裕司の髪に指を絡め、ぎゅっと押し付ける。  そうすると、裕司は楽しそうにくくっと喉を鳴らして笑い、胸だけでなく、どんどん下へと手を伸ばしてくる。  腹を撫でられるくすぐったさに身を捩ると、すっと膝を開かれて、裕司の足が入り込む。  膝で、くっくっと股間を押され、自分のものがかたく腫れているのに気がついた。 「あ、裕司、触って」 『触るのでいいのか? 舐めてやるぞ?』  この気持ち良さが続くならと、悪い顔をして笑っている裕司に向かってこくんと首肯いた。  裕司は舌なめずりをして見せてから、ベルトを外され、ファスナーを下され、ふくらみも露わなボクサーパンツの股間に食いついた。 「やんっ!」  茎に裕司の犬歯が食い込むと、びくっと身体が跳ね上がったが、すぐにねろりと舌を這わされ、パンツ越しに熱く濡れてくる。 「あ、あ、ああ」  パンツを歯で噛まれ、食いちぎる様に下に降ろされるのを見ていると、獣に食い殺されるような気持ちになる。  怖いけれど、でも、それが裕司ならいい。 「好き、ゆうじ、すき……」  こんな風にじっくりと身体を弄られたことは今まで無かった。  それでも裕司が好きだったし、それでいいと思ってたけど。 (セックスってこんなに気持ち良かったっけ?)  じゅるっと音を立てて茎を啜られながら、うっとりとする。  熱く燃えたぎる裕司の身体に抱きしめられて、燃やし尽くされるようなセックスも好きだ。  でも、舐めとかされて、愛されて、内側から灯る火に蕩けるまで炙られる快感も堪らない。 (どっちの裕司も好き、大好き)  白く快感に濁りはじめる思考の中で、僕はぼんやりとそんなことを考えていた。  それから裕司は常に僕の側に居た。  それが異常な事態である事はすぐに分かった。  僕と一緒に居るはずの裕司は、僕以外の誰にも観ることも触ることもできなかったからだ。 「もしかして、裕司は死んじゃって幽霊になっちゃったんじゃ……」  慌てふためいた僕は、裕司が所属している事務所に駆け込んで、裕司が死刑になったんじゃないかと泣いた。 「アホか、弁護士の先生ンとこ行って面会してこい」  当然、事務所では一笑に付されて、弁護士のところでも同じく。  ただ、そんなに会いたいならと、家族としての登録をしてくれて、定期的に面会できるようになった。  面会にも当然裕司はついてきて、アクリル板で仕切られた面会室の向こう側にも裕司はいた。  まさか、僕が面会に来るとは思ってなかった裕司はとても喜んでくれたのだけど、僕の気持ちは複雑だった。  僕の隣にいる裕司は誰? 『多分、俺は北条裕司の生霊なんだろう』 「生霊!?」  面会を終えて部屋に戻って、裕司が言った。 『さっき、北条裕司に会って、何となく分かった。俺はあいつから分離したものだ。多分、志信が心配過ぎて、志信を思う気持ちだけになってここに来た』 「そ、それって大丈夫なの!?」 『俺は元々血の気が多い。半分くらいになってる方が丁度いいかもしれないな』 「そんな……」  ホラー小説では生霊なんか飛ばしてると、どんどん衰弱して死んじゃったりする。  僕に会いたくて来てくれるのはすごく嬉しいけど、死んじゃうなんて絶対に嫌だ。 『大丈夫だ、このくらいで死ぬ俺じゃない』 「裕司、本当?」 『ああ、お前を残して死ねるかよ』  ぎゅっと抱きしめられて、涙がこぼれる。  これから何年も一人で暮らさなきゃならないと思ってた。  もちろん、面会にもいくし、別れるつもりは全くないけど、それでも裕司が居なくなったらどうしようって思ってた。  生霊で戻ってくるとか滅茶苦茶な話だけど、僕はそんなにまでして僕を案じてくれた裕司のことが嬉しくて大好きで、裕司がヤクザでもずっと一緒に居たいと強く思った。 「ありがとう……裕司」  僕はこうして裕司のいない5年間を裕司の生霊と過ごしたのだった。  で、ここまで来たら、裕司が懲役から帰ってきたら生霊も裕司に戻ってハッピーエンドって思うでしょ?  僕もそう思ってた。  きっと、刑務所の前まで迎えに行って、懲役してた裕司と抱きしめ合ったら、僕と一緒に居た裕司はそのまま戻っちゃうのかなくらいに思ってた。  なのに。 「どうして!?」  僕たちの部屋にはまだ生霊の裕司が居て、僕と裕司を見ていた。 『よう』  生霊の用事が手を振ってみせるけど、当然、一緒に居る方の裕司は気がつかない。 「ん? どうした?」  裕司は訝しげな顔をして僕を見るが、僕は慌てて繕った。 「ん! な、なんでもない。なんだか、この部屋に裕司がいるのが久しぶり過ぎて、な、なんだか変な感じだなって」 「なんだよ、戻ってきてがっかりしたのか?」 「そんなわけないでしょ! ずっと、ずっと会いたかったよ!」  僕は裕司の首に縋りつく。  会いたかったのは嘘じゃない。  でも……。  裕司と抱き合いながら、その裕司の肩越しに、裕司の顔を見ている。  すると、生霊の裕司が裕司の肩越しにキスをしてきた。  音もなく、軽く啄むだけのキス。  愛情にあふれて、優しい生霊の裕司のキス。 (これからどうなるんだろう?)  好きな男と抱き合いながら、好きな男とキスをして、僕は途方に暮れていた。

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