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三人、一緒に。

 かなりの重傷だったにも関わらず、裕司は後遺症もなく無事退院できることになった。  僕は直接怪我をしたわけではないけれど、右足に麻痺が残り走ることはできない。  検査結果に異常はなく、医者の話では心因性のものではないかという話だった。  裕司が怪我をした箇所と同じところに麻痺が出ているというのも、そう思われている原因かもしれない。  本当のところは僕にもわからない。  でも、もしこれが裕司の身代わりになったという事なら僕はこれ以上嬉しい事はない。  裕司が退院する日、杖をついて迎えに来た僕を見て、裕司は僕を強く抱きしめて泣いた。  僕の麻痺の事は、裕司の意識が戻った時に伝えられた。  その時はまだ僕は歩くことも出来なくて、車椅子で裕司の病室へ行ったから。  裕司は「すまん」とだけ言って、僕の手を握ってくれた。  自分が至らなかったせいで僕がこんなことになったと土下座する勢いの小柳にも、「お前はよくやってくれた」と言って咎めることは一切なかった。  もしかしたら、裕司もわかっていたのかもしれない。  裕司にはユウジが見えないけど、それでもどこか繋がってる自分の一部だろうから、何か感じるものがあったのかもしれない。 「お前は、足を奪った俺と一緒に居られるのか?」  退院して少ししたある日、いきなり裕司にそう聞かれた。 「その足、俺のせいだろ」 「……そうだね」  裕司の後ろにはユウジが立ってる。  僕は二人に向かい合うように、向かいのソファに座った。  僕の足は少しずつ良くなってきているけど、多分これ以上は回復しない。  杖を必要としなくなることはあっても、走ることは出来そうにない。  しかも、それにはもう少し時間がかかりそうだ。  一方、裕司の怪我はあっという間に完治してしまった。後遺症もなく、怪我をする前の状態にすっかり戻っている。 「裕司は僕を誤解してるよ」 「ん?」 「僕はね、裕司に足をあげたこと、嬉しいんだ」  二人とも僕の言葉に目を瞠る。 「僕が裕司にしてあげられることがあったってのも嬉しいんだけど、それ以上に、裕司は事ある毎にきっとこの足の事を思い出すよね。僕のことを裕司は忘れられないよね。僕はそれが嬉しい」 「志信……」 「どんなことをしても裕司と離れたくないのは僕もなんだよ。足くらいで裕司が繋ぎ止められるんだったら足くらいどうってことないよ。その辺を、そろそろわかってほしいな、裕司」  にっこりと笑う僕を見る二人は驚きが隠せないようだ。 「こういう風に言ったのも初めてだから、そりゃびっくりするかもしれないけど、僕はすでに裕司の為に背中に刺青を入れてマジョリティから外れるくらいなんだから、そのくらいお安い御用だよ」  あと、絶対に二人には言えないけど、今回のことで僕は裕司にしてあげられる最高の事を見つけた。  僕は裕司に僕をあげることができる。  今回、足をあげたように、もし、万が一、裕司に何かあった時は僕の命をあげられる。  僕は裕司の一部になって、裕司は僕のことを宿して、ずっと一緒に居られる。  我ながら、なかなかに病んだ発想だなぁと思ったけれど、でも、そう思うとゾクゾクするくらい嬉しい。  僕が死んだら、僕の骨を食べて欲しいなんて小説があったけど、そんなのを遥かに超えて深く結びつくことができるって最高じゃない? 「『それでいいのか?』」 「もちろん。何を迷うことがあるの?」  二人が同時に言った言葉に、僕はにっこりと微笑んで応えた。  ゆっくりと立ち上がりソファに腰かけた裕司の前に立つと、裕司は僕の腰を抱き寄せ、僕は裕司の膝の上に乗るように向かい合って座った。  僕の胸に顔をうずめる裕司と、裕司の肩越しに僕の頬に触れて僕を見つめるユウジ。 「大好きだよ……」  僕の裕司と僕のユウジ。  僕にはどちらも同じくらい必要で、どちらも同じくらい愛してる。  ずっと。いつまでも。  激しい情交の後、何もかもを俺に預けて眠っている志信の顔を見る。  安心しきって、何の警戒もないこの寝顔を見ると、こいつを腕の中から放したらダメだと改めて思う。 「なあ、お前もそう思うだろ?」 『ああ、そう思う』  もう一人の俺が、眠る志信の顔にかかる髪を優しく撫で上げる。  こうやって額を出すと、志信はより幼く見える。  志信は俺と同い年のいい大人のはずなのに、いつまでも高校時代の同級生の志信だと思っていた。 『いい色になったな』 「ああ」  志信の背には、燃えるような緋牡丹の刺青が入っている。  色も肌になじんで、白い背中に浮かび上がるような緋牡丹が美しく咲いている。  これも志信が望んで背負ってくれた。  そして、緋牡丹の炎の中から飛び立とうとする鳳凰の姿がうっすらと見える。  志信はそんな刺青は入れていない。 「俺の背中にも、お前の背中にも、ボタンが咲き始めたな」  志信を挟んで体面に横たわる男の背は見えないが、きっと俺と同じように飛ぶ立つ鳳凰の足元を守るように緋牡丹が浮かび上がり始めているだろう。  まるで三人の深く強い結びつきを具現化している様だ。  初めて、こいつ――ユウジを見たときは、そこに鏡でもあるのかと思った。  始めてみたのは高校の時だった。  金の亡者のような親に耐えきれずに、その家を出て東京へ行こうと決めた日のことだ。  俺の心残りはただ一つ、志信を残して行くことだった。  志信も俺と同じく家族に恵まれず、俺と二人でここを出て行きたいと望んでくれたが、何の保障もない土地へいきなり志信を連れ出すのは躊躇われた。  まずは基盤を作って、志信に無理をさせないことが必要だと判っていたので、俺は心を鬼にして、志信を地元に残すことを決めた。 『俺が、ずっと側に居てやるよ』  志信にそのことを告げようと、意を決して顔をあげたら、目の前に俺がいた。  もう一人の俺が、俺であることはすぐに分かった。  何とも言えない奇妙な話だが、目の前の俺が見て感じていることを、俺自身もまた感じていた。別々の行動を取れば、その情報は全て俺に伝わっている。  そして、俺以外にユウジの姿が見えないこともすぐわかった。  ユウジと並んで歩いても、俺以外には誰も反応することはなかった。  出立を告げるために会いに行った志信にもその姿は見えていない様だった。 「一人で待ってるから、絶対、迎えに来て」  志信はそう言って目に涙を浮かべて俺を見送ってくれた。  その言葉を疑う気持ちは微塵もなかったが、志信の側に居て、志信を取り囲むロクデナシどもから守ってやれない事だけが気がかりだった。  なので何もできないまでも、ユウジを残して行けるのは心強かった。ユウジからは志信の様子が良く伝わってきたので、いざとなったら連れ戻るつもりだった。  運よく、俺は志信の卒業までに東京に基盤を作って、卒業式の日にそのまま志信を連れ去ることができた。  その後、しばらくユウジの姿を見ることはなかった。  俺は志信という心残りが無くなったために、どこかに姿を消したのかと思っていたが、実はそうではなく、奴はずっと俺の中にいたようだ。  その頃、俺は東京に出てすぐに俺を拾ってくれた靖南組の若頭の部屋住みを終えて、組事務所の近くに小さなアパートを借りていた。  そこで二人暮らしを開始して、志信も働き始めて、俺はこれ以上ない幸せを感じていた。  もちろん、その幸せは俺の中に居たユウジも享受していて、俺の外に出てくる必要が無かっただけらしい。  そして、しばらくして、俺は岐路に立たされる。  抗争相手を始末した若頭の代わりに、俺が出頭し懲役に行くことになったのだ。  俺は再び志信を残して行かなくてはならない。しかも傷害致死での懲役は長く離れることになる。  前科なし、初犯、正式な組員でもない俺でも、数年は確実だ。  しかし、この懲役に行けば、俺は更に上の立場に上がれる。今は組の為に働くことで必死だが、志信を連れて、志信の為に動くことができるようになる。  そう思った時に、再びユウジが現れた。  もちろん説明の必要も何もない。 『俺が、志信の側に居る』  いつかと同じように言うユウジに志信を託す以外術はなかった。  若頭にくれぐれも志信のことを頼むと願って、俺はユウジを残して懲役に行った。  懲役に行って、遠く離れていても、志信の事はずっと感じていた。  それどころか志信のことをまるでこの手で抱いているかのように夢に見る。  姿の見えないユウジが志信を抱いてやることはできないだろうと思っていたが、ユウジは志信を抱いてそれを全て俺に伝えてくる。俺もユウジを通して志信を抱く。  奇妙な3P状態だったが、長い懲役の間、面会に来てくれる志信と夢に見る志信だけが俺の支えだった。  そんな生活を経て、懲役から戻っても、今度は裕司が消えることはなかった。  ユウジは志信の側に居てくれるばかりではなく、俺が志信と一緒に居られるときは俺の代わりに情報をかき集めたり、抗争相手に探りを入れたりしていた。  その甲斐あって、俺は出所後も順調に実績を積み、若くして若頭にまでのし上がった。  奇妙な3P状態はずっと続いていて、志信を共に抱くこともあれば、今回のように俺と志信を繋ぐ役を負ってくれたりもした。  あまりにも強く俺が志信を求め過ぎた結果なのだと思い知るほどに。  志信の足を奪い、俺はそれでも志信を手放せずに、ずっと生きて行く。  いつか、俺の命を志信にやれたらいいなと思うくらい、俺にとっては無くてはならない相手だ。 『それは、俺も同じだ。志信がいなければ生きて行けない』  ユウジは俺だ。俺が思うことをこいつが思わないはずがない。  俺が志信を強く思う気持ちがユウジを生み出したのだとしたら、ユウジもまた志信を思う故に存在し続けている。  その思いは間違いなく志信に通じている。  互いの背に浮かび始めた鳳凰と炎が、影すらも重ねて生きているように思える。  そして、それを繋ぐのはユウジだ。 「俺とお前は逝くときは一緒なんだろうが、その時はこいつの為に死にてぇな」  俺がそう言うと、ユウジは目を眇めて笑った。 『死ぬときは三人一緒だろうよ。志信もお前に残されるのはまっぴらだろうさ』  ユウジは俺に志信の言葉を代弁する。  俺と通じているように、ユウジは志信とも通じているのだろう。  こうやって繋がれていることが、今の俺たちを存在させてもいるのだ。 「死んだ後も一緒ってこったな」 『ああ』  こんな物騒な話も知らずに志信は俺とユウジの間で眠り続けている。  俺が志信の頬に口づけると、ユウジは反対側の頬に口づけた。 「おやすみ、志信」 『また、明日な』  俺たち三人は、明日も変わらず生きてゆくのだ。  最後の先まで、ずっと。 ―― 終

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