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僕とユウジ その4

 僕は激痛で目を覚ました。  左肩と右足、その両方が燃えるように熱く、少しでも身動きしようとするとキリで刺し貫かれるように痛い。  まぶたが重くて目を開けることができない。  どこかに横たわっているせいか、身体からどんどん熱が失われて行くのを感じる。 『大丈夫か? 志信』  裕司の声がして、僕の手をそっと握ってくれる。 「ゆう、じ……」  殆ど音にならない擦れ声で名を呼ぶと、手はより強くギュッと握られた。 『少しだけ、堪えてくれ』  耳元でささやかれる声に、僕は黙って頷いた。  その瞬間。 「えっ!?」  ヒュウッと風が吹き抜けたように、重く怠い意識が吹き飛び、パッと目が開いた。  目の前には倉庫に飛び込んできた男たちと、僕を背に立つ小柳の背中。 「小柳っ!」  僕がその名を呼ぶと、小柳はギョッとして振り返った。  男たちも僕の顔を見て凍りついたように立ち止まり、見る間にその顔色を失っていった。 「わ、若頭……」 (え?)  小柳が僕を見て若頭と呼んだ。  何故と思う間もなく、今度は僕の身体が勝手に動き始める。 「小柳、寄越せっ」  僕の身体は、裕司の声でそう言うと、小柳からひったくるように拳銃を奪う。  そして、迷いも躊躇いもせずに、男たちに銃弾を撃ち放った。  パンッ! パンッ! パンッ!  乾いた爆ぜるような音がする度に、肩に足に激痛が走ったけれど、男たちは全員床に倒れた。 「おいっ! ぼやっとすんな! 志信を背負え! 出るぞ」 「は、はいっ」  ユウジの声が命じると、小柳は僕の背後に駆けて行った。  その間も僕の身体は勝手に男たちが飛び込んできた方へと歩いて行く。  慎重に拳銃を構えたまま、痛む足を引き摺る様にして、一歩一歩入口に近付く。 「若頭」  後ろから小柳に声をかけられても、僕の身体は振り向きもせず言った。 「先に行け、俺が後ろから援護する」 「しかし、それはっ」 「黙って行け、志信をとにかく逃がせ」  僕を庇う裕司の声。 (これは)  小柳が意を決して僕の前に出ると、その背には僕が背負われている。  ぐったりと動かない僕を見て、僕はやっと理解した。 (僕、裕司の中にいるんだ)  多分、ユウジが裕司の中に戻ったように、裕司の中で足りない何かを僕が補っている。 「今なら誰も居ませんっ!」  少し先から小柳の声がして、裕司は小走りに建物から脱出した。  建物の外に出ると、遠くからパトカーの音がする。  夜明け時の薄暗い中で、やじ馬も居ない。でも周囲の家の中からは視線を感じる。  みんな関わりたくなくて、でも不安で、じっと息をひそめて様子を探っているのだろう。 「若頭っ!」  少し先まで行っていた小柳が走って戻ってきた。 「車、捕まえました。病院へ」 「ああ、頼む」  拳銃を握ったまま、小柳に支えられて、僕は再び意識を失った。  次に目を覚ました時、僕は見知らぬ天井の下に居た。 『気が付いたか、志信』 「ゆう、じ……?」  声の方へ顔を向けると、裕司が座っている。  僕はベッドから手を引きはがすようにして、ぶるぶる震えながら手を裕司の方へ伸ばす。  裕司はすぐにその手を握ってくれて、僕の方へと近寄ってくれた。 『ムチャさせて、悪かったな』  僕はそんなことないと首を振る。  違うよと言いたかったけど、涙があふれて、喉が詰って、どうしても声が出ない。  そんな僕の頭を抱えるように、裕司が覆いかぶさって僕を抱きしめる。 『裕司も無事だからな。手術も終わった。もう大丈夫だ』  僕はこくこくと頷く。  僕を抱きしめてるのがユウジでも何の問題もない。  ユウジが元に戻れたという事は、裕司はもう大丈夫だって何よりの証拠だから。  僕は嗚咽を堪えきれず、僕を抱きしめるユウジの胸に縋りついて、声も堪えずに泣いた。  良かった。裕司が生きてて、無事で、良かった。  ユウジはずっと僕を抱きしめて、柔らかく髪を撫でてくれる。 「ユウジ……ユウジ……」  目の前でユウジが掻き消えてから、今この瞬間まで胸につかえていた不安が嘘のように消えてゆく。 『ごめんな、怖い思いさせて』  僕は再びぶんぶんと首を振った。  怖い思いなんかしてない。ずっとずっと心配だっただけ。 「いい、いいんだ、もう、ユウジが無事だっただけで、裕司が生きてるだけで……」  言葉に出すと再び涙がこみ上げてくる。  本当に本当に生きててよかった。無事でよかった。  僕は泣いて、泣いて、泣きつかれて眠ってしまうまで、ユウジの胸で泣き続けた。 「大丈夫ですか? 志信さん……」  タオルで包んだ保冷剤を差し出しながら、小柳が心配そうに聞いてきた。 「あー、ごめん。大丈夫。ちょっと安心して気が緩んだだけだから」  僕は保冷剤を受け取って、腫れた瞼を冷やす。タオルで加減よく調整された冷たさが心地よい。  ユウジはベッドで身体を起こしている僕の隣にぴったりと寄り添って、僕の肩を抱くようにして座っているけど、その姿は小柳には見えない。  だから、僕が1人で病室で号泣してたってことになるけど、そこは何となく誤魔化した。 「でも、いきなり志信さんが倒れて、裕司さんが立ちあがった時は驚きましたよ」  僕はどうやらユウジに裕司の中へと引きこまれたらしい。  それで裕司の中で足りていないもの、何と説明するのは難しいんだけど、気力とか……魂みたいなものを一時的に補った。  その為に裕司は動けるまでに回復し、僕と小柳とあそこから脱出できた。  そして、小柳の捕まえたタクシーに乗る前に気を失い、裕司と僕は病院へ直送された。  僕は気を失っていただけで一切怪我などはなかったのだけど、裕司は左肩と右足の銃創と出血のショックで一時はかなり危ない状態だったらしい。  でも、輸血と手術で何とか持ち直した途端に僕が目覚めたようなので、それまで僕はずっと裕司の中に居たのかもしれない。 「僕なんか血まみれの裕司を見ただけで心臓が止まっちゃったけどね」  僕はそう言って笑ったが、強ち嘘でもなかったのかもしれない。  僕が裕司の中で補ったものが何かはわからないけど、あの時、僕は僕のすべてをかけて裕司が救いたかった。 「……今回は小柳のおかげで本当に助かったよ。ありがとう。僕の我儘を聞いてくれて」  ぺこっと僕が頭を下げると、小柳は焦ったように僕を起こそうとする。 「止めてください。志信さん! ホントに若頭が助かったのは志信さんがあそこを見つけてくれたからですよ!」  小柳は目を輝かせて僕を見ている。 「随分前に、若頭が刺された時も、今回の時も、びっくりしましたが……志信さんが本当に若頭を思ってらっしゃるんだなぁって思うと、なんだか納得がいきます」 「え? それで納得しちゃうの!?」  僕の方がびっくりした。  僕ですら説明つかない事ばかりなのに、想う一念で納得してしまう小柳はもしかしてかなりのロマンチストなんだろうか? 「僕もよく分からないことだらけだよ。どうしてあそこの場所の夢を見たのか……中に裕司がいるって思えたのか……」  多分、それにはユウジの存在が関わっているのだと思うけど、抑々ユウジの存在が謎だ。 『俺にもそれはわからないな。志信が心配で、そう思ったらここにいたんだ』  懲役に行く裕司の心残りが僕で、その為に現れたユウジ。  でも、懲役から戻ってもユウジは消えずに常に側に居た。  今回も、多分、裕司に僕が繋がれたのは、裕司が僕を案じてくれていたからかもしれない。  死ぬかもしれないって感じた時に、一人残される僕を案じてくれたから、僕に通じたんじゃないだろうか。 「し、志信さんっ!?」 『志信?』  ぼろぼろと涙をこぼす僕に驚いて、ユウジと小柳が慌てふためく。 「志信さん、もうすぐ、意識が戻る時には若頭の病室へ行けますから! もう少しだけ待ってくださいっ! お、俺っ、ちょっと様子見てきますっ!」  そう言って小柳は病室を飛び出して行った。  ユウジは僕の頭を抱きしめるように自分の胸に押しつけ、背中をぽんぽんと叩いてくれる。 『ごめんな、志信』 「いい。謝らないで。裕司が……ユウジが、生きてただけでいいんだから」 『志信……』 「僕を、愛してくれてありがとう」  僕はユウジの背に手を回し、その胸にぎゅっと抱きつく。 『俺こそ、いつもありがとうな』  僕を抱きしめるユウジの腕に力が入る。  微かに震えているそれは、ユウジの不安も伝えてきた。  いつかこんな日が来る。そう思ってた。  今回は助かったけど、今度はわからない。今もそう思ってる。  それがわかっていても、僕たちは何かを変えることはできない。  裕司はヤクザを辞めないし、僕は裕司から離れない。 (だから、ユウジがいるのかも……)  ユウジは裕司から別れた存在だとばかり思っていた。  でも今回のことで思ったのは、ユウジをこの世界に送り出している裕司と、この世界にひっぱり出している僕なのかもしれない。  お互いが、お互いを想う気持ちが「ユウジ」という存在をここに作りだしているんじゃないかなと思う。  僕はユウジとぎゅっと抱き合いながら、僕は二人の裕司を失わなくて本当に良かったと思う。  大好きな裕司とユウジが無事に僕のところに戻ってきただけで、僕の犠牲なんか何も大したことはない。  多分、裕司をこの世に繋ぎとめるために、僕は沢山の何かを失ったのかもしれない。  ベッドの中で、動かなくなった右足と、動きの鈍い左腕を感じながら、僕はそれでも何も後悔はなかった。

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