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僕とユウジ その3
夢で見た建物の前に、僕は今立っている。
小声で小柳が僕を呼んでいるけど、僕はそれを無視して夢で見たあのドアのドアノブに手をかけた。
そっと回すと鍵がかかっているのか、途中で止まってしまって動かない。
(でも、この中に裕司が……)
それはもう確信に近いものだった。
何時だったか、肩を刺された裕司の居場所がユウジによって伝えられた時のように、今回もユウジが何かを教えてくれてるんじゃないかと思う。
(僕を呼んでる……)
僕はそれに応えたい。僕にできることがあるなら、僕がやれることがあるなら、僕は……。
『志信……』
「!?」
僕の名を呼ぶ声が聞こえた。
(ユウジ!?)
僕は辺りを見回すけれど、裕司の姿もユウジの姿もない。
『こっちだ……し、のぶ……』
でも夢よりもはっきり聞こえる。
建物の裏手、もっと奥から聞こえてくる。
僕は足音に気を付けながら、壁と建物の間の細い隙間を奥へと進む。
「なにやってんですか! 志信さんっ!?」
流石に見逃せなくなったのか、小柳が僕の後について来て、小声で声をかけてきた。
「しっ! 黙って、こっちから声が聞こえる……」
「え?」
「裕司かもしれない」
そう言うと、小柳は急に真顔になって耳を澄まして黙り込んだ。
「……聞こえますか?」
「今は聞こえない。でも、あれは裕司の声だった」
小柳にユウジの存在を説明するのは難しい。
だから僕は裕司の声が聞こえたと言った。
「志信さん、とりあえず此処から少し離れて、応援を待ちましょう。もし若頭がここに居ても、俺たち二人じゃどうにもならないですよ」
小柳の言う事はもっともだが、僕はどうしてもそれに頷けなかった。
「もし、裕司が出血でもしてて、こうしている間もずっと弱り続けてたら、待ってる時間はないよ」
飯島が撃たれて、同じように裕司も撃たれていたら?
ここに連れ込まれて、監禁されている間に怪我をさせられていたら?
人質解放の条件を出されたと言われたけど、ヤクザがそんなことで交渉する訳がない。
最終的には裕司を殺して見せしめにする。
そう言う思考回路の連中だ。
「僕が今、ここで、やらなかったら、裕司は助からない」
「……志信さん……」
小柳はものすごく難しい顔でしばし黙り込んだ後、ものすごく強い力で僕の手を握った。
「俺が先に行きます。志信さんは俺を盾にしてください。後ろから来たら、俺を置いて真っ直ぐ逃げて下さい。それだけ、絶対に約束してください」
「小柳……」
「お願いします」
小柳には小柳の立場がある。彼は僕も守らなくてはいけない。
「わかった。できるだけ、頑張る」
僕の返事に、小柳は少し不安そうな顔をしたが、ここで言い合っても仕方ないと腹を決めたのか、僕の手を引くようにして奥へと進み始めた。
『志信……』
(どこ? どこにいるの? ユウジ!)
『建物の、奥……小さな窓……下……』
ユウジの声がだんだん近づく。
「志信さん、一旦ここで待ってください。何もなかったら合図するんで出て来てください」
小柳が不意に立ち止まってそう言った。
建物の裏は少し空間があるようで、資材などが詰れている様だが、壁と建物の隙間から出たら丸見えになってしまうようだ。
「壁に、小さな窓があるかどうか見て」
僕の言葉に小柳は頷くと、そっと角を曲がって裏手に出ていった。
しばらくして、小柳がこっちを覗き込むように顔をだし、僕と目が合うと「大丈夫」と言うように頷いた。
「窓ってあれですか?」
建物の裏手には小さなドアが一つと、その横に4つほど小さな窓が並んでいる。
どうやら明り取りの窓らしいそれらは、どれも格子がはまっていて、しかも位置的に高いところにある。
格子を外して窓から忍び込むというのは無理そうだった。
僕は窓の下に駆け寄ると、壁に耳をつける。
この壁はそんなに厚くないのか、微かに物音がするが、話が聞こえるようなことはなかった。
(ユウジ! 窓の下まで来たよ! どこにいるのか教えて!)
そう強く念じて、僕は軽く小さくトントンと壁を叩いた。
しかし、何も聞こえない。
隣の窓の下に移動して、同じようにトントンと壁を叩く。
聞こえない。
もう一つ隣で、また叩く。
『そこだ』
思ったよりはっきりとユウジの声が聞こえた。
(ユウジ!)
『悪い、足を撃たれて動けねぇ上に、出血がひどくて、俺が抜けると裕司がヤバい。なんとか応援を呼んで……』
(ユウジ? ユウジッ!!)
言葉が途中で途絶える。
もしかしたら裕司は相当容体が悪いのかもしれない。
「小柳、この壁の向こうに裕司が居る」
「えっ!?」
「声が……した気がする……すごく出血してるらしい……」
ユウジが姿を現せないほど、裕司の状態は切羽詰ってる。
(応援は待てない……)
しかし、相手が何人いるのかわからない。こっちは小柳と僕の二人だけ。その上、僕は殆ど戦力にならない。
(どうしよう……)
不安に揺れていると、不意に車の音がした。
「ちょっと、待っててください」
小柳が足音を忍ばせて、建物の脇に入って行く。
「志信さん、どうやら、さっき停まってた車が出て行ったようです」
「っ!?」
これで少し人数が減った可能性がある。
空はうっすらと青くなって来ていて夜明けまでもう少し。
こんな時間に奇襲があるなんて思うだろうか?
もしかしたら、今がチャンスなんじゃないだろうか?
「小柳、僕は裕司を助けに行きたい」
僕の言葉に、小柳は特別驚いた様子は無かった。
僕が言いだすのは予測できてたのかもしれない。
ここに裕司がいて、怪我をしていて、危ない状態であるのを知った僕が黙って応援を待つとは思わなかったのだろう。
「志信さん、俺は銃を持ってます。こいつを一発撃っちゃ、うちの連中が駆け付けるより早く警察が来ます」
「……うん」
「警察が来たら志信さんは若頭連れて、警察に行ってください」
「え?」
「若頭は怪我してる、多少は面倒ですが、警察に保護されんのが一番安全です。志信さんは構成員でもない。だから、志信さんが若頭を連れて逃げるんです」
「こ、小柳はどうするの?」
銃は所持しているだけでも罪だ。撃ったとなれば人が傷つかなくても殺人未遂は軽く問われる。
「俺は中にいる連中を押えないと」
「でも、警察が来たら」
「懲役が嫌で鉄砲玉なんかできませんよ。それに志信さん守るために懲役なら、戻ってきたら出世コースです」
そう言って小柳は笑った。
絶対笑えるような話じゃないし、懲役ならまだしも、下手したら死ぬかもしれない。
でも、それを言わずに、僕を止めようとしないでいてくれる小柳に僕は「ありがとう」と言って深く頭を下げた。
「それより、絶対、奴らに刃向おうとか戦おうとかしないでください。志信さんに怪我でもされたら、俺が若頭に殺されます」
「わかった」
「じゃあ、ちょっと様子見てきます。俺が合図したらあのドアぶち破るんで、志信さんは若頭をお願いします」
僕は頷いて、裏口の方を見た。
表と違い、鍵こそかかっていても、朽ちかけた木の扉は脆そうに見える。
小柳はすっとその扉に近付くと、懐から拳銃を取り出すと安全装置を確認してにぎり直した。
そして、僕の方を見て、目を合わせて一回頷くと、徐にドアノブに一発弾を撃ち込んだ。
ターンッと軽いけど鋭い乾いた音が、明け方の静寂を突き破る。
同時に、バギンッとドアをけ破る音、小柳の蹴りでドアは見事に二つに折れ、ぶら下がったのを引きはがして道が開けた。
「志信さんっ!」
「はいっ」
小柳と同時に倉庫の中へ飛び込むと、そこは何もなくてがらんとしている。
慌ててさっき裕司がいた方を見ると、ブルーシートが敷かれ、その上に裕司が寝かされていた。
「裕司っ!」
裕司は僕が駆け寄っても何の反応もしない。抱き起そうと体に手を回したら、ぐじゅっと濡れた感触がした。
(血が……こんなに……)
スーツもシャツも黒く染まっているのは、裕司の出血のせいだ。
顔を近づけると、微かに呼吸があるのがわかったが、身体が酷く冷たい。
「志信さんっ! 早く!」
小柳が僕を急かすように声をかけた瞬間。
僕たちが飛び込んできた方とは別の方から4人の人影が倉庫の中に飛び込んできた。
「誰だっ!」
「そこで何してやがるっ!」
口々に男たちは何か叫びながら僕たちの方へ向かってくる。
「志信さんっ!」
小柳は僕たちの前に立ちはだかり、悲鳴のような声で僕の名を呼んだ。
僕は必死に裕司の身体を抱き上げようとするが、血で濡れて完全に意識のない重い身体は、どんなに抱えようとしてもずるりと崩れ落ちてしまう。
「裕司っ、ゆうじっ」
名前を呼んでも反応はない。
飛び込んできた男たちは迷わずこちらにやってくる。
小柳が銃を構えて威嚇していても、さして足止めにならなそうだ。
「志信さんっ!!」
「ユウジッ!!」
グッと力いっぱい裕司の身体を引っ張り上げようとして、僕は足元の血だまりに足を取られ、裕司の下敷きになる様にして転んでしまった。
ガツッとキツイ痛みが僕の頭と肩に走る。
無防備に転んだ時に打ち付けてしまったのか、不味い事に意識も朦朧とする。
(ユウジ……)
僕は、そのまま気を失ってしまいそうになったが、意識を失う直前に誰かにぐっと腕を掴まれた。
「……あ」
青い顔をして意識の無かった裕司が僕を見ている。
「裕司……?」
『志信……』
僕を呼ぶ声がして、僕は意識を失ってしまった。
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