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第1話

 凍てつく星で青い星を想う。  脆く儚い生命が生まれて死んでいく青い星。  目を瞑って真っ暗な闇に飛び込んだ。  ———青い星から来た人の事切れた体を抱えて。    ネオン煌めく街並み。犇めく人々、体内から吐き出された酒の匂い。時代は変われど、この空気だけは変わらない。そこらかしこでも酔っ払いが声をあげている。威勢のいい客引きを遇らう人、ぼうっと立っている女の子が数人。  吐く息はほんのりと白い。冷たい空気から身を守るようにコートの合わせを閉じる。 「二次会行く人!」  ちゃらけた男が勢いよく手を挙げると、愉快になった男と女たちがつられて応じる。  女の子たちは綺麗に化粧を施した愛らしい顔を酒で上気させている。 「あれ、朝倉は行かねえの?」 「帰るよ」  申し訳なそうに困り顔をしてみせる。  ブーイングがあがるが気にしない。気に入ってくれた子のひとりやふたりいたかもしれないが、興味がなかった。そもそも数合わせのひとりなのだから、ここで退散してもいいだろう。この後ひとりでまったりと美味しいお酒を飲みたい。 「俺も帰る」 「えー! 香坂もかよ!」  香坂と呼ばれた男は涼しげな目元を緩ませる。この男を気に入った女の子たちが少々気の毒だ。  ぶぅぶぅ言いながら女の子たちを引き連れて、次の会場へと行く学友たちを見送る。 「飲み直さないか」 「え」 「気に入りの店があるんだけど」 「あ、ああ……ご同伴させて頂けるのなら……」  思わず敬語になる。軽薄そうな薄い唇の口角が上がる。涼しげな目元がいたずらっこのように柔らかくなる。  あっ。  めちゃくちゃ好みだ。 「早くおいでよ」   視線に吸い込まれるように、その背を追いかける。  香坂伊織。  揃えられた愛らしい女の子たちより、彼は好みの顔をしていた。    からん、と香坂の手の中で氷が鳴る。どこかで聞いたことがあるようなメロディが静かに空気に溶け込む。ずらりと並んだ酒のボトルを前に、ふたり並んでカウンターのスツールに座っていた。ビルの中の香坂の行きつけだというバー。曰く、うるさいやつがあまり来ないからいいらしい。お酒も美味しいし。  マスターとは仲が良いらしく、時々楽しそうに笑い合っている。  ふたりの間に会話はあまりないが、会話をする必要は感じられなかった。心地よい沈黙に浸る。求めていた時間の使い方だった。それに、オレンジ色の照明に縁取られた香坂の横顔を盗み見ているだけで楽しい。長い睫毛に照明が絡み、僅かに伏せられた目の奥が何を考えているのか想像する。時折、黒目がきらりと瞬くから、この空気を楽しんでいるのだろう。 「酒、好きなの?」 「え、あ、そうだね」  顔を見すぎていた。突然話しかけられて言葉がつまる。香坂の目がちらりとグラスにいく。泡立つソーダはウイスキーを割ったものだ。 「合コンは、数合わせ?」 「正解」  ぱちん、と指を鳴らす。香坂がにやりと笑った。 「そういえば、名前」 「朝倉御影だよ」 「合コンの時全然話聞いてなくて。ごめんね」 「俺もだから」  名前を覚えていたのはきっと顔が好みだったせいだ。ちょっとでもタイプだと頭の片隅に残ってしまう。  同じ大学ではあるが、香坂のことは知らなかった。広いキャンパス内でも、好きな顔は覚えていることが多いのだが。  飲み会中に小耳に挟んだ会話によると、香坂は雑誌の読者モデルをしていたらしい。彼のことを知っていた女の子たちがお近づきになろうとがんばっていた。しかし、努力虚しく女の子の声は届いていないようだ。  どうしてかはわからない。わからないが、手がぶつかった。あんまりにも冷たい体温に俺はどきりとした。まるで、故郷を思い出させるような冷たさ。  ぶつかった手はいつの間にか重なっていた。どちらが重ねたかはもうわからなかった。冷たい手に温もりを分けたいと思った自分かもしれない。そうではないかもしれない。男にしては滑らかで、肌触りのよい手を包む。指が絡む。  今日、初めて会話するというのにおかしな距離感に心が麻痺していく。  酒のせいかずいぶん柔らかくなった目を横から見つめる。香坂が時々ちらりとこちらを見て、困ったように眉を寄せた。  ぽつりぽつりと話をしているうちに、あっという間に終電の時間がきていた。それまで、手は握り合ったままだった。電車に乗らなくても帰れる距離ではあるが、酒が入った体は心地よい気怠さが染み渡っている。 「良い時間をありがとう」 「こちらこそ」 「また、学校で」  放課後にめいいっぱい遊んだ後のような台詞を吐き出す。香坂はちょっと意外そうな顔をして言った。 「小学生みたいだな」  手を振りあってそれぞれの家路に着く。こんなところも小学生のようだ。  香坂の手の温度を思い出す。  彼は、どんな星から来たのだろうか。

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