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第5話
猫のミルクが六条家に来た24年ほど前には、伍塁 と両親、祖父母が同居していた。通いのお手伝いさんもひとりいた。
「伍塁様」
実玖 は伍塁の後ろを歩きながら声をかけた。
「広い御屋敷に一人でお住いとは……」
なぜ誰もいないのか、この三年の間のことをしっかり調べてこなかったから祖母が亡くなった以後のことはわからなかった。とにかくここに戻りたくて、それにばかり気を取られていた。
「んー……。あ、ここが仕事用の応接室ね」
伍塁は部屋を案内しつつ話し始めた。
「猫のミルクが亡くなってすぐ祖父が亡くなったんだ。祖父の仕事を僕が細々と継いでる。で、両親はこんな純和風で使いづらい家は嫌だと隣の町の駅前マンションを買って現代的な生活を楽しんでるみたいだよ」
その話しぶりからすると特に家族に何かあったわけではないようで実玖は張りつめていた緊張をほどく。
「そうでしたか。一人では何かと不自由でございますね」
「そうでもないよ。ずっと一人で自由気ままにすごしてるし、これからは家の事をお願いできるでしょ」
「もちろんでございます」
伍塁のそばにはいつもミルクがいた。寝る時も遊ぶ時も、出かける時もそっと後を付いて行った。これからもまたずっとそばに居たいとニンゲンの実玖は願う……。
「ここ……、狭いけどこの部屋を使って」
伍塁が引戸を開け畳敷きの八畳間へ入る。押し入れと窓だけのスッキリとした部屋で、かなり昔には伍塁の部屋だったはずだ。
「で、隣は僕の寝室。ごめんね、ここしか今空いてないんだ」
「え、お隣ですか? そんなお近くに……」
隣の部屋に続く引き戸がある。
「昔の家で田の字の間取りっていうの? 襖で仕切られてるだけの部屋しかなくて、落ち着けそうなのはここだけなんだ。僕が隣で落ち着かないかもしれないけど」
申し訳なさそうに言われたが、主人が隣にいるなんていう状況が許されるのかと、実玖は習ったことを高速で巡らせた。お仕えするというのは一段下がっているものではないのかと思っているが、お付きの人という方々は次の間に控えていることもあったような。
「あの、二階の納戸は空いていないのですか?」
「二階? 納戸があるってなんでわかったの?」
実玖は家のことは全て知っているが知っていたらおかしいことに気づき、しまったと思った。
「先程階段が見えました。こういうお屋敷には二階に物入れに使う部屋があると思いまして」
内心焦りながら手の甲で前髪を撫で下ろした。変に思われてしまったかもしれないが平静を装う。
「あるんだけどね、荷物がたくさんあって片付けが進まなくて。……ここじゃやっぱり落ち着かないかな」
少し困ったような横顔の輪郭を視線でなぞる。顎にまげた人差し指を当てて考えるのが伍塁のいつもの仕草だ。
「いえ、ここのお部屋で。伍塁様の邪魔にならないよう努めます」
近くにいることが出来て嬉しい、それだけでここに来た甲斐があるのだ。
「荷物はいつ持ってくる?」
伍塁も既に採用が決まったような口ぶりで和室を眺めている。歓迎されているようで実玖は張り切って答えた。
「特にありませんので、もし可能ならば今日からお仕えさせていただきます」
実玖はそれほど大きくないバッグひとつでやってきた。
「待って、本当にそれだけなの?」
「はい、仕事用のスーツと着替え程度です」
「いくらなんでも身軽すぎる……」
伍塁は大きく目を開け、バッグと実玖の顔を見比べた。
不思議そうな顔をする実玖に向けて表情を和らげて見せ、肩をポンポンと叩く。
「必要なものは買いに行こうか」
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