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第9話

「ごめんごめん。変なヤツだと思うだろうけど、僕は子どもの頃から猫だけでなく道具たちとも話してるんだ。信じなくてもいいよ。独り言だと思って」 「いえ、変だなんて。興味深いです」 「ちゃんと返事もしてくれるんだよ」    伍塁(いつる)はまるで普通のことのようにさらりと言う。 「一方通行ではないんですね」  やはりあれは独り言ではなく会話をしていたのか。話せるのは自分とだけだと思っていたのに。 「僕には聞こえてる。ほら、この箱の中のハエ取り機。『眩しい、出たくない』って言ってる」 「わたくしも聞いてみたいのですが、残念ながら聞こえません」  実玖は少し拗ねたような言い方になり我に返った。  じっと見つめて耳を澄ますが、自分の息づかいが聞こえるだけだ。集中してみたところで聞こえるものでもないのだ。  伍塁は箱の中にそっと手を入れひと回り小さな木の箱を取り出してテーブルに置き小さなモップでホコリを撫で落とした。 「ゼンマイを巻かせてね」  と、声をかけてからゼンマイの持ち手を差し込みギリギリと数回巻いた。軋むような音とともにパタン……パタン……と板が回る。 「元気そうだね、良かった」  横にある引き出しのようなところを開け締めし、確認してからハエ取り機を撫でた。実玖は疑問だらけで何から聞きたいのかわからなくなっていた。 「あの、お聞きしたいことが」 「普通に喋っていいよ、疲れない?」 「いえ、これが普通です」 「ふぅん……聞きたいことって?」  二人はパタンパタンとのんびり動き続ける様子を見つめている。 「今、そのお方はなんと言ってますか?」 「久しぶりすぎて動きづらいから油をさしてほしいって」  実玖はまだ疑問だった。本当に道具は話すのだろうか。 「わたくしもその声を聞いてみたいです」 「そのうち聞こえるようになるかもしれないよ? 祖父も話してたからね」  そうだったのか。おじいさんとおばあさんにも可愛がられていた伍塁の姿を思い出した。そのおじいさんを思い出そうとしたが 「田中さんを待たせてるから油をさして持っていこう」 と、いう声に引き戻された。  円錐型から針が出たような形の金属製油差しで油をさし、ネジを巻き直し動きを確認する。 「大事にしてもらうんだよ」  ハエ取り機は白い布に包まれ箱に納められた。

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