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第2章 試用期間は2週間 第15話 夢じゃなかった

実玖(みるく)は雲に乗っている夢を目を閉じたまま反芻しながら、客用の柔らかな布団の中で目覚めた。 「あっ!」  目を開けて天井を見て、壁にかかる時計を見たら6時を過ぎている。掛け布団を半分に折りたたむように起き上がり、伍塁(いつる)のパジャマを借りて昨夜は嬉しくて眠れなかったのを思い出し、両手で頬を挟んだ。 「本当に戻ってきたんだ……」  布団を押し入れにしまい、仕事着であるシャツとネクタイを身につけ、腕をまくり洗面所に向かう。  歯磨きはミントのはいってないもの。どうしてもあのスースー寒い感じにはまだ馴染めない。寝癖であちこち向いている髪を水で整え、いい笑顔を作り台所に向かった。 「伍塁様は朝は何を食べてたっけ」  エプロンの紐を縛りながら記憶を辿るが、ミルクはテーブルの下でご飯を貰っていたからどうも思い出せない。とりあえずお湯を沸かし、温かい飲み物をいれよう。 「おはよう、早いね」  伍塁が乱れた髪のまま戸の上の壁に手を当てて目をこすりながら見ている。 「おはようございます。起床時間や朝食のことなど、昨日聞くのを忘れてしまいました」 「決めてないから目が覚めた時に起きるけど」  伍塁は椅子を引いて腰掛けながらあくびをしている。 「朝は何を飲まれますか?」  水を入れたグラスを差し出した。グラスは気泡が入っていて、どことなく歪みがあり、かすかに差し込み始めた反射光に鈍く光る。ここにある食器や小物はほとんど古いものだ。 「コーヒーか紅茶かなぁ。でもなんでもいい。特にきめてない」 「朝食は……」 「あんまり食べないっていうか、食べたくないかも」 「では、食欲がなくても食べられるものを考えます」  コッブの水に口を付けてぼんやりとしている様子は小さい頃から変わらない。実玖は緩んだ顔を隠しティーバッグの紅茶を用意する。買い物に行ったら茶葉を買おう。  冷蔵庫には卵がまだあった。黄身と白身を分けて手早く泡立て小麦粉をほんの少しだけ。じっくり焼いてふわふわのオムレツみたいなパンケーキを作った。これなら口の中でとろけるから朝は食欲のない伍塁も食べられるだろう。  実玖が一番熱心に勉強したのは料理だ。美味しいものを食べられるのは幸せだからという単純な理由だが、胃袋を掴むという言葉を知って更に力を入れてレパートリーを増やした。 「お待たせしました」  スマホでニュースを読んでいる伍塁の前に焼きたてのパンケーキとバター、紅茶をならべた。 「すごい、なんかネットで見るようなパンケーキ」 「すぐ固くなるので早めにお召し上がりください」  実玖は朝からきっちりと執事スタイルで接している。 「シロップも蜂蜜もなかったようなので、きな粉を添えました。もしよろしければ合わせてみてください」  上手く焼けたけど、伍塁様は気にいってくれるのだろうか。残りの生地の焼き加減を気にしながら様子を伺う。  伍塁はバターを乗せて軽く表面を滑らせてからフォークを差し込み、大きく割ってすくい上げた。 「ふわっふわだ、いただきます」  口に入れると泡のような食感とバターと香ばしい香りが広がってあっという間に口から消える。 「うまっ。口の中で溶ける。きな粉も付けてみる」  実玖はフライパンのパンケーキを丁寧にひっくり返して焼き目に満足した。 「おかわりもありますので」  実玖は紅茶を継ぎ足し、伍塁がパンケーキを好むことを記憶した。

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