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第22話 試用期間終了
ミズヒキが庭の隅でひっそり咲いているのを見つけた実玖は、物入れから鋏を取り出した。
「玄関に飾りましょう」
花を飾ることを意識したのはいつからだろうと考えながら赤と白の粒が並ぶ細長い茎を切り取った。実玖はここの家に戻って二週間、伍塁と生活を共にしている。
家の色々なことを教えてもらい、掃除と洗濯と食事の用意などは一人でも困らずにできるようになった。スマホもタブレットも使える。それ以外にもたくさんのニンゲンの生活を知ることが出来て、毎日がはじけるような刺激に満ちている。
実玖は伍塁に相応しいニンゲンになれたのだろうかと何度も考えるが、何を基準に相応しいのかわからない。
伍塁は基本的に一人で生きていけるスキルを持っている。今までも一人で生活していたのだから当然だ。
「伍塁様は、何でもできるんですね」
「何でも、とは? プリンは作れないよ。今日のプリンも美味しいね」
伍塁はプリンが好きだと言うので、作り方を知らなかった実玖は、買ってもらったスマホでレシピを調べ検索を繰り返した。それからレシピの多種多様さに面白くなり、あれこれ作っている。今日は食感が固めのプリンを作ってみたのだ。
ーーー実玖の固めプリンの作り方ーーー
小鍋に砂糖大さじ3、お湯大さじ1を入れて火にかける。焦げてカラメル色が濃くなったらお湯大さじ1を追加して手早く混ぜ、油を塗った型に手早く流し込む。早くしないと固まってしまう。
つぎにさっきの小鍋に牛乳150cc、砂糖大さじ1を入れて溶かす。これは甘さ控えめ。伍塁様は程よい甘さが好みだから。
ちょっとだけ火にかけると溶けやすい。卵黄1個、全卵1個を混ぜたボウルに砂糖をとかした牛乳を混ぜる。
カラメルを入れた型に漉しながら液をいれてアルミホイルをかぶせ、蒸し器またはお湯を張ったオーブンで15分〜20分火を通す。少し柔らかめで余熱で固まるよ。電子レンジでやるのもいいらしい。
このレシピは、伍塁様とわたくしの二つ分。
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実玖も焦げたカラメルのほろ苦さが気に入っている。焦げても美味しいというのは、ニンゲンの繊細な味覚の中の一つだ。
「家事はなんでもできますよね、食事だって掃除だって」
「食事は外食が多かったよ。作れなくはないけど」
流れ落ちたカラメルをプリンに絡めながら口に運び、うんうんと満足気に頷いている。
「なんで家政ふを雇うことになったのかと疑問です、それも住み込みで」
今日で試用期間の二週間が経つ。もしかして採用されなかったらと考えたくはないが、聞いておきたいことを聞いてしまおうと思ったのだった。
伍塁は目を閉じ、口をむぅと尖らせしばらく考えた。
「そうそう、郵便受けにチラシが何回も入ってたんだ」
「チラシ……ですか」
「そう、住込みで若い男性の家政夫を派遣します、みたいな」
「具体的ですね、わたくしのことでしょうか」
実玖は少し思い当たることがあった。
「あと、スーパーで立ち話をする人に挨拶されて『家政ふ派遣』のチラシをまたもらって。なんとなく家事をしてもらえたらいいかなぁって気になったのかな。住み込みについては特になにも考えてなかった」
「そうでしたか。……わたくし今日で派遣されてから二週間なのですが……試用期間が終わります。今後もお仕えすることはかないますでしょうか」
もし、不採用でも伍塁との時間を過ごせたし、近くに住むことが出来れば、もしかしたらまた会えることがあるかもしれないからと自分に言い聞かせていた。生まれ変わって伍塁様と生活を共にすることが出来て、これ以上なにを望めばいいのかわからない。
プリンの最後の一口を食べ終えた伍塁の唇をじっと見つめる。緊張して目を見ることは出来なかった。
「なんだ、僕はもうすっかり本採用のつもりだった。書類とか必要ならすぐに書くよ」
実玖は握っていた拳を緩めて伍塁と視線を合わせた。
「……あ……」
ありがとうございますと言おうとしたのに、先に目の前がぼやけて涙が頬に流れ落ちた。慌ててハンカチを取り出して、次々あふれてくる涙を吸い取る。
「ありがとうございます、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
実玖が深々と頭を下げたので伍塁も真似をして同じように頭を下げる。実玖が頭を上げると伍塁がお辞儀をしてるので、また頭を下げた。
それに気づいた伍塁は、空気を含んだ柔らかい髪を優しく撫でる。
「プリン美味しかった。また作って」
顔を上げて見た伍塁の顔は涙でかすんでいたが、左の口角を上げて微笑むのがすごくかっこいいと思って実玖も頑張って笑顔を見せた。
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