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第3章 伍塁様とお仕事(1) 第24話 女優と着物
六條家の食器棚は古いと思われる食器が並んでいる。実玖は知識はまだ少ないが、一般的に使われている食器とは違うというのはわかるようになった。
「伍塁様、白地に青い模様の食器や湯のみが多いですが、これも古いものですか」
伍塁は台所のテーブルで朝食後おかわりのコーヒーを飲みながら、スマホでニュースを読んでいた。コーヒーカップは金彩で縁取られた伊万里の湯のみだ。
「んー、そんなに古くない。時代は明治終わりか大正くらいかな。印判手 っていって、量産するための手書き風印刷みたいなもので値段も安いし」
実玖は頭の中で計算をする。令和、平成、昭和……大正……。計算はたくさん練習したから得意だ。
「伍塁様、古いと古くないの境目はどこなんでしょうか。わたくし達の生きている年数からすると随分古いものに感じます」
指を使って数えることも覚えたので一本ずつ折ってみるが、ざっと計算しても100年である。
「そうだよね、古いといえば古い。でもやっぱり明治初期とか江戸だと古いと思うかもね」
伍塁は大学卒業後、亡くなった祖父の五木源堂 という骨董店を継いでいる。父はパイロット、母はキャビンアテンダントで忙しく、ほとんど祖父母に育てられたようなものだった。日常的に古いものに触れ、それが古いものというより「いつ頃に作られた〇〇」という接し方をし、扱い方を見て覚えた伍塁が骨董店を継ぐのは自然の成り行きである。
「古いと高額なんですよね」
平鉢の水滴を丁寧に拭き取り水屋に収める。
「それはなんともいえないな。価値は現存する量とか欲しい人がいるのかいないのか、だからね。うちで普段使いにしてるのは、古くても沢山あって値段も高くないものばかりだよ」
伍塁は実玖が納得したように頷くのを見てからコーヒーを飲み干し、立ち上がってスマホをポケットに入れた。
「そろそろ行こうか」
今日はとある有名女優に依頼の品を見てもらうことになっている。
「着道楽なお姫様が歳をとって生活に困り、自分の持物を代わる代わるあてがい懐かしみながらお別れをする」というシーンがあり、そこには本物の古い着物を集めたいというのが依頼内容だ。
テレビ画面で時代や真贋がわかるのは、よほどの目利きな人だけではないか。それにそういったものは専門の業者やスタイリストが揃えるのが常だ。
いろいろ疑問はあったがお世話になった人からの紹介ということもあり、伍塁は依頼どおりに探した。この費用はその女優が全て持つという。
伍塁は着物は専門ではないが、古道具を探しているうちに付き合いが広がり、何かあっても困らない程度に知識として覚えた。幅広く知っていて損なことはない。
着物が得意な業者を何件も辿って、希望のものをある程度揃え、気に入るかどうか見てもらうのが今日の予定だ。
伍塁が運転するステーションワゴンで女優の自宅を訪問する。実玖は荷物を運んだり雑用をするために同行するのが日常になっていた。
「大きな家ですね……」
実玖はマンションを見上げて感心している。
「ここの最上階だって」
実玖は歩き出す伍塁の後ろから台車を押してついて行く。伍塁は時々振り向いて実玖の様子を見るのが習慣になっていた。真面目だけど危なっかしくて、無意識に確認しては安心している。
マンションのフロントで伍塁がコンシェルジュに訪問先を伝えている時に、実玖はコンシェルジュの挨拶、声の出し方、お辞儀、対応を観察して感心してしまった。
(自然で余裕があって、品格もある。あんな風に対応できるのはかなり修行したに違いない)
実玖はコンシェルジュに劣らないよう丁寧に、きっちりとお辞儀をしてから目を合わせた。さすが、「ニンゲンになる動物ナンバー1」の犬だけある。
修行してニンゲンになった者同士は、相手の頭頂部より少し後ろに丸い半透明の玉が見える。その文字で生まれ変わる前の種類がわかるようになっていた。文字の周りに光る色は、卒業証明に埋め込まれている石と同じ色で、その色が同じならば同時期に卒業しているとわかる。はっきり年数などわからないが実玖よりは確実に経験はありそうだ。
お互いを認識し、敬意を持って目で語り合った。
(ニンゲンを楽しみましょう)
上へ行くエレベーターは開いていて、行先の表示ライトが点灯している。扉が閉まると実玖は詰まっていた息を吐いた。
「どうした」
「少し緊張して」
ネクタイの結び目に手を当てて確認し、見えない場所にあるペンダントに手を当て、前髪を手の甲で押さえた。
その仕草を見守っていた伍塁は、広いエレベーターの中を一歩進んで実玖の髪を撫でる。
「いつも通りで大丈夫」
実玖は瞬きを繰り返して、それから熱を持った頬を気にせず思い切り笑顔をみせた。
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