12 / 60

3-2

「………」  フロア奥から歩いてきたニコラがステージに上がった瞬間、ソファの後ろで立ち見している観客からワッと声援があがった。 「ニコラ!」「いいぞ、ニコラー!」  スローで甘ったるい音楽。ダイヤのように光るライト。白い体を締め付ける窮屈なボンテージ衣装に、茜色の物憂げな瞳。  ニコラが目の前で踊るのを、俺は食い入るように見つめていた。 「皇牙、どう? 少し緊張が残ってるけど、初めてのステージにしては良いね」  皇牙は口元に手をあてて、じっとニコラを見つめている。横顔は真剣そのもの、青い眼を細くさせてニコラの全てを観察している。  中央のポールを握って体をしならせたニコラの美しさに拍手と指笛が鳴った。 「………」  体がうずうずする。  この甘ったるい音楽もライトも、熱くなったポールの感触も。俺は知っている。体が、魂が、確かにそれら全てを覚えている。  俺も踊りたい――。そう思った、瞬間。 「駄目だ。ニコラをステージから下ろせ、ライ」 「え、何で?」 「早くしろっ!」  皇牙の怒声に慌てたライがソファから立ち上がったその時、……俺の目の前でニコラの手がポールから離れた。 「ニコラッ!」  まるで羽を傷付けられた蝶のように儚く、ゆっくりと。意識を失ったニコラの体がステージの上に倒れる。突然のことにどよめきが起こり、ライが腕に付けていた小型のトランシーバーで従業員を呼んだ。 「ニコラがいきなり気絶したんだ、裏へ運んでくれ!」  黒服の筋肉質な従業員がニコラを抱え、スタッフルームへと引っ込んで行く。ライがそれに付いて行き、俺は立ち上がろうとした皇牙の手を引いて問いかけた。 「ど、どうしたんだ? ニコラに何が?」 「恐らくは薬だ。興奮剤か何かを飲んだんだろう」 「そんな……」  おい、どうしたんだ! と観客から声があがった。 「この席に幾ら払ったと思っている。金は戻るんだろうな」 「ステージが空だぞ、どうなってる!」  意識を失ったダンサーよりも、自分達の欲求を優先する男達。それに対して皇牙が舌打ちし、腕のマイクに口を寄せた。 「空いてるダンサーを寄越せ。一階にステラがいたはずだろう、連絡を取ってくれ」 〈了解! ニコラの意識も戻ったよ、ちゃんと喋れてる〉  ライの声が返ってきて、皇牙が小さく息をつき笑った。 「………」  それはニコラの無事に心から安堵しているような、優しい笑みだった。 「皇牙」  だから俺は皇牙に言ったんだ。自分でも無意識のうちに。 「どうした、亜蓮」  体に残ったこの記憶が、彼らの役に立つなら――。  俺は羽織っていた黒いシャツを脱ぎ捨て、細い鎖を背中へ払いながら言った。 「代役は必要ない。ニコラの代わりに俺が出る」 「亜蓮っ、……?」  短いパンツにブーツ、それから鎖付きの首輪。突然ステージに上がった謎の男に、観客がざわついている。 「大丈夫か、やれるのか亜蓮」  皇牙の声に、俺は無言で頷いた。 「……よし、分かった。やってみろ」  小型のイヤホンが投げられる。それを受け取って耳に付け、俺はポールを握った。懐かしい感触……冷たいのに熱い、そして愛おしいこの感触。

ともだちにシェアしよう!