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「亜蓮っ――亜蓮!」  きつく歯を食いしばったその瞬間、椅子の向こうで灰色のドアが鈍い音を立てた。何度も、何度も、俺の名を呼びながら繰り出される衝撃と音でドアノブが微かに揺れている。 「来やがった」  耳元で囁いたのは闇示だ。体内から凍らされるような冷たく低い声。俺は目を瞬かせながら首を振り、残された理性と共に腹の底からその名前を叫んだ。 「皇牙っ――!」  そうして俺の声に呼応するかのように、鍵の壊された灰色のドアが耳障りな音を立てながら開いた。 「……亜蓮、……!」  カラスのような色の髪。冷たい笑い方。ゾッとするほど低い声……。上半身は裸で、両肩にトライバルのタトゥー。どこもかしこも男っぽいのに、こちらを見据える青い眼だけは吸い込まれそうなほどに美しい、その男――。 「こ、うが……」  現れたのは皇牙だった。紛れもなく、俺がこの世界で初めて、そして唯一愛した男だった。 「終わりだ、闇示。今度こそ許さねえぞ……」  その口元は笑っているのに、その青い眼は新宿の星々より美しいのに、皇牙の全身からはまるで静かな殺気が滲み出ているようだ。それを感じ取ったのか、動揺した左右の男達が俺から僅かに体を離す。 「……お前ら、行け。あいつを黙らせろ」  皇牙を見据えたまま、闇示が左右の男に冷たく言い放った。 「し、しかし……」 「いいから行け。どの道お前らも無事では済まされねえぞ」 「っ、……クソッ……!」  二人の男が猛然と皇牙に襲い掛かって行く。皇牙がどれほど強いのかは知らないが、嫌でも伝わってくるその恐ろしいまでの殺気を思えば、勝敗は俺の目から見ても明らかだ。  屈強な男達が拳を振り上げたのと、皇牙の青い眼がカッと見開かれたのと――ほぼ同時だった。 「――亜蓮に触ってんじゃねえぇッ!」  その拳が一人目の顎を吹っ飛ばし、二人目の腹には強烈な蹴りが打ち込まれる。たったそれだけで自分よりも体の大きな男二人を床に倒した皇牙。青い眼が悲痛な色を浮かべているように見えるのは、俺の視界がぼやけているせいではない。 「相変わらずの腕力馬鹿だな」  闇示が冷笑混じりに呟いた。皇牙の視線が再びこちらへ向けられる。 「……亜蓮から離れろ」 「そう熱くなるなよ、皇牙。これだけ美しい男にちょっかい出したくなる気持ちも分かるだろ、あんたなら」 「離れろって言ってんだろうが」 「その目、あの時と同じだな」 「黙れ」 「俺の部下を殺した時と同じ、どす黒く濁った青だ」  皇牙が鋭い咆哮をあげながらこちらへ突っ込んできた。俺の背後に立っていたはずの闇示が勢い良く床に倒され、その整った顔に堅い拳が何度も何度も振り下ろされる。 「やめ、……皇牙、やめろ……」

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