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「・・・・・多分、俺が聞いた声は・・」 そうまで考えて、ふと首を振る。 何人いたのか知らないが、襲われていたのは恐らく女だ。 だが既に生きてはいないだろう。 男たちが女を担ぎ上げて歩いていないことがその証拠だと彼は思った。 自分でも冷静なのが不気味なほどに頭の中は冷えていて、冷たい川にでも入って来たのか?と疑いたくなるほどに冷静な頭を回転させながら来た道を思い出し、ただ息絶えた村民を避けて歩いた。 「・・・・・・」 短刀しか手にしていない珂鶆に出来る事は限られている。 それにあとは州牧の仕事であって、一農民の彼が関わって良いものでもない。 何かあるなら彼らに任せるのが一番いいのだ。 何度も自身に言い聞かせるように繰り返しながら、村を出てすぐ馬の待つ場所へと戻ると、珂鶆に気づいた馬が彼の顔を見て何か言いたそうな表情を浮かべていたが、珂鶆が首を横に振ると、馬も何かを察したらしく、そのまま頭を垂れていた。 「遅くなってすまない」 「・・・・・・・・・」 馬は何も答えない。微動だにせず土に視線を向けている。 「・・・帰ろうか・・・」 珂鶆の声に、馬は一度顔を上げたが珂鶆の顔を見てまた視線を土に戻した。 その後、彼らはまた休む間もなく自分の故郷へと帰ることにしたのである。 「・・・・・・・・・・・」 その日遅く帰宅した珂鶆の姿を見て、両親や家族は何も話そうとはしなかった。 ただ、一言『おかえり』とだけ言ってくれた。 その言葉が、酷く重い鎖のようで。 珂鶆もまた、喉の奥を絞められたように苦しい気持ちを引き摺りながら「ただいま」とだけ告げて中へと入ることにしたのだった。 馬を休ませようと一度、家を出る寸前に母親から 「今日は湯を沸かしたから、そのまま入りなさいな。とぎ汁も置いてあるから使っていいよ」と勧められ、ありがたくそれを使うことにした。 馬を休めてすぐ浴室に向かえば、一人入るとすっぽりと埋まってしまう程の狭い場所に、沐浴用のこじんまりとした風呂おけが置かれている。 『今日は何も考えたくない。洗いたくない・・もうこのまま湯に埋まってしまいたい』 けれど、そんなことをすると烈火の如く母親に叱り飛ばされることは容易に想像がついていたので、彼は体と顔を洗うための草の束を手に取ると、用意してくれたとぎ汁を使い、まずは身体を綺麗にすることから始めてみようと思ったのである。 それから、湯を浴びた後、寝衣に着替えると再度家族と両親の待つ部屋へと戻ることにした。 自分の気持ちはどうであれ、家族には伝えなければならない。 それに隠しておいたとしても、噂はすぐに広まってしまうだろう。 その前に、自分の見た光景を伝えなくては。 彼はふうと息を吸い吐き出すと、家族の待つ部屋の扉を黙って開けた。 「・・・・・・・・・・・」 部屋を覆う空気は何処か張りつめていて、部屋の隅まで緊張感が漂ってきている。 彼は、珂鶆がまだ開けていない包みを卓に乗せたまま、微動だにしていなかった。 だが、両親の表情は沈んでいて、まだ幼い兄弟達もまた何かを感じ取っているのか、いつもならうるさく騒ぎまわっているはずの部屋の中で大人しく腰を下ろしている。 珂鶆は両親の前の席につくと、ただ黙って深く頭を下げた。 「ただいまもどりました、父上。母上」 「よく・・無事で戻ったな」 そう話す父の表情は暗く、また母も同じ表情をしていた。 「・・・・・・・・・」 室内には重苦しい空気が絶えず流れている。 両親は珂鶆が持ち帰った荷に視線を向けてはいたが、それ以上何も話そうとはしなかった。 その表情を見ているだけで珂鶆の胸は抉られたように苦しくなる。 そうして、幼い妹弟達を連れてもう寝なさいと促され、彼はその部屋を半ば無理やり追い出される形で床につくことになったのである。

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