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第2話

 コンコンッと机を叩かれる音で漠 柳珠(ばく りゅうじゅ)は目を覚ました。机に突っ伏す形で眠っていた身体は起き上がる動作だけでもミシミシと軋み、僅かな痛みを柳珠に与える。窓の外を見れば既に日は高く昇っていた。どうやら徹夜で仕事をするつもりが、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。 「また家に帰っていないのか? 忙しいのはわかるが、適度な休憩は必要だと思うが」  そう言って眉間に皺を寄せているのは旧友の燕薫だ。亮の国の宮廷に仕える執務官で、人事を司る吏部(りぶ)の長でもある。そしてここは尚書令(しょうしょれい)――西の国では宰相と呼ばれている――の執務室だ。柳珠は亮の国の皇帝・龍郭(りゅうかく)より尚書令の位を賜っていた。  二十後半と尚書令としては若く、美しいぬばたまの髪を背中で一つに結び、その髪がいっそう映える真白な肌を持っている柳珠は切れ長の瞳を持つ美貌の尚書令だ。冷たい印象を抱かせる碧の瞳は彼を〝冷血漢〟だの〝血も涙もない尚書令〟だのと皆から言われる要因でもあった。  先の尚書令位を賜っていた父親が流行病で無くなり、若くしてその地位を継いだ柳珠であったが、その頭脳と一部の隙も無い政策に誰も彼を〝若造〟などと見下すことはできない。いつも尚書令に与えられる執務室に詰めて仕事をしている彼ではあるが、ここ最近は家にも帰れないほどに忙しくなっていた。その理由は、誰もが知っている。 「まだやるべきことが残っていてね。それよりも、陛下は?」  柳珠の問いかけに燕薫は苦い顔をして首を横に振った。その答えにため息を禁じ得ない。 「葉妃(ようひ)様の所に行かれたきり、まだ出てこられない」  燕薫が言い終わるや否や、コンコンと扉がノックされ、入室を許可すると一人の宦官(かんがん)が両手いっぱいに書簡を持って入ってきた。 「陛下からの御命令により書簡をお持ちいたしました。すべて尚書令に一任するとのことでございます」  言うだけ言って、宦官は書簡を柳珠の机の上に置き、退室していった。後宮に住まう佳人の世話をするために男性器を切り落とし、男としての機能を持たない宦官が書簡を持ってきたことに柳珠は頭痛を覚える。宦官の彼が持ってきたということは、龍郭は今日も後宮から出てくるつもりはないということだ。

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