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第1話

「「ぁあ?」」  質の違う低い二つの声音が、静まり返った室内に響く。 「上等じゃねぇか会長サマよぉ?」 「その高い鼻へし折ってやる委員長殿?」  青筋立てて互いの胸倉を掴んでいる二人と、痛いほどの静寂でハラハラと見つめる複数の顔。 「オモテへ出ろ」 「風紀の修練館がある」  視線は外さぬまま顎でぞんざいに示せば、これまた鋭く射抜く瞳が提案する。 「悪くない」  石川の同意に、小馬鹿にしたように相手が口角を上げた。 「泣くなよ」 「ハッ、クソが!」  パシン。  握った拳を手のひらに打ち付けた音が鳴る。  自由な校風で有名なこの学園はあらゆる方面で才能豊かな学生を受け入れている。中でも今年度の生徒は特に豊作だというのが教師たちの認識だった。その筆頭に挙げられるは、当代生徒会会長・石川。洗練された美貌はもとより高い統率力と自他ともに見せる厳しさから一転、破顔した人懐っこさに生徒だけではなく教師からも根強い人気が。  対して風紀委員長・下田は学内の秩序を守る役割を担い、時には生徒会との衝突もある。短く切られた髪は惜しげもなく美丈夫を晒し、鍛え上げられた厚い胸板に信頼を委ねる者も少なくない。  そんな二人の声を荒げての言い合いに、固唾をのんで見守る周囲の心境を二人だけが知らない。  バシッ!  風を切ってねじ込まれた重い拳を流しながら、石川は舌打ちと共に身体をひねる。  隙を突くはずがすぐに態勢を整えられ、逆に弾かれ捕らわれるまわし蹴り。  流れるように軸足も払われ、バランスを崩す先にはしたり顔の男。 「……チッ」  掴まれた足首をそのままに宙吊りで顔面を狙えば、勘のよさから力任せに放られる。  さすが。  歴代風紀の中でも特化した、戦闘の狂犬と恐れられるだけある。学園内のいざこざ暴力沙汰まで請け負う委員はスカウト制であり、長にまで上り詰めた男だ。  たった一瞬で汗の噴き出た体力のなさを呪いながら、石川は張り付いた前髪をかきあげて目を眇める。その先では油を差したようなギラついた瞳と共に、真っ赤な舌で口角を舐め上げる下田の姿。  力では歯が立たない。  だが、引くなんざ真っ平ゴメン。 「あ」  目を丸くした相手に珍しさを覚えるが、気を逸らそうったってそんな姑息な手にかかるか。 「ンの、や――ッ!?」  拳を握った石川に、不意にかかる衝撃。 「お前ら安眠妨害だ。なに吠えてるか知んねーけど」 「そりゃ悪かったな、小沢」 「お、ざわッ? ……お、もぉぃぃ……」 「おい、失礼だなー」  ずっしりと後ろから抑え込まれて呻けば、さも心外そうにニコチン臭さが濃く身体に纏わりつく。 「ッいったい!! 離れろ! バカ! ヤメローッ!」  じたばたもがく石川をモノともせず、これみよがしに髭面を寄せられ作られた声が耳朶をくすぐる。  生徒会としても風紀としても最重要注意人物。ひとつ先輩であるこの男は化け物のように強い。 「失礼ですねー、ボクちゃんはー」 「クッタバレ!」 「はいはい」 「……ッ!」  荒い息で声もなく下田に助けを求めればため息をつかれる。視界が滲んでるわけがない。いつの間にか雨が降ってるはずだ。室内だけど。 「……そろそろ石川放してやれ」 「ヤダ。お前らのケンカの野次馬で俺のネコが逃げたんだぞ」 「「知るか」」  意図せず重なった石川と下田の釣れない返事に、頬ずりしていた顔が退く。 「かわいそうな俺サマ。ネコに逃げられ、かわいくないコーハイには鬱陶しがられ」 「イヌの間違いだろ」  仰々しく嘆いた小沢に、腕を組んで半目の下田が突っ込む。 「イヌでネコってそんな生物いるか?」  小型犬で見た目が判断付きにくいとか?  先輩への敬意もすっ飛ばした下田は提案する。 「ちょうどいい、ヒマならツラ貸せ。どうせ俺とコイツだけじゃケリがつかねぇ」   首をかしげた石川は放置された。 「………………くっっだらねぇ!!」  力いっぱい吐き捨ててブラックコーヒーを一気に呷った小沢に、石川は口を尖らせる。 「あ、おい! それじゃ解んないだろ!」 「そーそー。しっかり噛みしめてよセンパイ?」  流し目で下田も咎める。  たくさんの色とりどりのケーキが盛られるファンシーな皿にカップにフォークやスプーン、そして周りは女性客がひしめき合う中三人の男は大変目立っていた。それでなくとも人目を引く容姿だ。 「「で? ここのかぼちゃプリンとティラミス、どっちが美味い?」」  渋面で頭を抱えた小沢の苦悩を二人は知らない。

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