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第2話

「石川」 「んあ? どうした下田」  定例会終了後、席を立った石川は風紀委員長殿に呼び止められ首をかしげた。  すべての議題は終わらせたし一体なんだ。  他の委員や役員が教室を後にする中、生徒会長である自分と下田と数人が片づけで残る。 「約束してたの明日だろ。どっか行きたいとこあるか?」 「そっか。スイーツバイキング以外考えてなかったな。あ、外出届け──」 「一緒に出しといた」 「サンキュー」  さすが。やることが早い。  全寮制で基本的に自由な校風で有名なこの学園はあらゆる方面で才能豊かな学生を受け入れている。中でも今年度の生徒は特に豊作だというのが教師たちの認識だった。その筆頭に挙げられるは、当代生徒会会長・石川。洗練された美貌はもとより高い統率力と厳しさから一転、ひとたびオフとなれば破顔した笑顔に人懐っこさと生徒だけではなく教師からも根強い人気が。対して風紀委員長・下田は学内の秩序を守る役割を担い、時には生徒会との衝突もある。短く切られた髪は惜しげもなく美丈夫を晒し、鍛え上げられた厚い胸板に信頼を委ねる者も少なくない。  そんな見た目を裏切って自他ともに認める甘味好きな当代生徒会長と風紀委員長は、連れ立ってスイーツ専門店に足を運ぶ仲の良さ。パティシエを呼ぶことも可能ではあるが、店そのものの雰囲気も楽しみたいので少し不便ではあるが電車を乗り継いで遊びに行く。  以前かぼちゃプリンとティラミスで殴り合いの喧嘩にまで発展した二人を知っている周囲は、何事かと聞き耳を立てていたがほっと緊張を抜いた。  そんな心配を知らない二人は会話を進めていく。 「そういやリップクリーム買わねぇと」 「この前一緒に出かけたとき買ったろ」 「すぐ無くしちまうんだよな」  己の管理能力の低さに石川は肩を落とす。 「ちっせぇからな。見せてみろ」  二人の影が重なる。 「──ああ、荒れてんな」 「な?」  石川の唇をひと撫でした指は、顔の輪郭を確かめるように頬から離れていく。 「…………あんたたち、ナニしてくれてるんですか!」 「副会長」  大変憤慨しているらしい彼は続ける。 「死人がでてます!」  言われて見回せば、うづくまっている者から顔を押さえている者、震えている者、ピクリとも動かない者まで様々。 「医務室連れて──あ、おい下田?」 「ほっとけ。行くぞ」  腕を引かれ、扉をくぐりながら石川は背後に声を掛けた。 「片づけいいから、医務室行けよ!」 「制服のポケットに入れててもなくなるし、今年で五本とか」 「……無くしすぎだろ」  まさかそんな数を消失したとは思っていなかったらしい下田もあきれ顔を隠さない。 「だから今回は下田にもらったストラップつけて──あ、そう。アレ。……ん?」  言いながら開けた生徒会室で、見慣れたリップクリームが他人の唇を彩る。 「かいちょぉーんんん……あ、あぁ……」  鼻息荒く食するのかの勢いで塗りたくる様を眺めて、さすがの石川も合点がいった。 「元凶はあいつか」  自分の不手際だけではなかったらしい。 「や、だめ! コレはオレんだからッ!!」  どうやら二人の存在に気づいたらしい会計は死守しようとするが、それよりもすばやい身のこなしで蹴り倒して、手から離れた小さなケースを問答無用で潰す下田。怒る気力も失せた石川は、それをただ眺めていた。 「あああッ!! ひどいッ!!」  さめざめと泣きだした会計に掛ける言葉もない。 「……。俺の貸してやる」  ため息ながらに前髪をかき上げて晒される渋面。 「いや、リップくらい買──んんン!?」  見上げた恰好のまま顎を掴まれふさがれる。  驚くほど近い顔。  ギラつく鋭い瞳。  潤された唇に、再び這わされる指。 「買うな」  ささやかれた威圧が低く響いた。

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