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【最終話】第4話
楓は、救急の搬送口に駆け込み、係員に詰め寄った。
不安と緊張で、ガチガチと歯の根が合わない。
三好の容体は、一体どんな状態なのだろうか。
「先ほど、緊急搬送された店長……三好さんはどうなりましたかっ? 連絡をもらってかけつけたのですがっ!」
「緊急搬送?? えーっと、あー、はいはい、あの方ね?」
「え?」
切羽詰まったこちらの気持ちを知らずか、のんびりと間の抜けた声で答えた係員の指さした先には、今、一番会いたい人……三好がびっくりした顔でこちらを見て立ちすくんでいた。
何がどうなっているのだろうか?
「あれ? お前、何やってんの?」
それは、こっちのセリフ。
「な、何やってんのじゃ、ないですよっ!! そっちこそ何やってんのっ!」
あまりもの事に大声で三好を怒鳴りつけると、へなへなとその場に座り込んでしまった。
「もう……本当に無事で良かった。うっ……うっ、……本当に良かった」
ほっと気が緩んだのか、涙腺が崩壊したかのように涙が止まらない。
無事で良かった。三好が生きていて良かった。
あんな、メモ書きじゃなくて、もう一度、ちゃんと会えて良かった。
「なんだよ、お前? ……そんなに泣くなよ……」
堰をきったように号泣する楓をギュッと抱きしめ、愛おしそうな優しい笑顔を浮かべた。
単に情報が錯綜していただけなのか、それともトラブルドールの力か。
ただの脳震盪ということで、一時間ほど休んだのち帰宅許可が出て、楓と三好はマンションに戻った。
「あんな紙切れ一枚だけ残して、さっさと消えやがって。お前のマンションまで探しに行ったんだぜ? その帰りに事故にあって。まあ、あれは、事故っていうか、誰かに押されたっていうか……」
――誰かに押されたって、それは事故ではなくて殺人未遂……
「ええっ?」
「これが、最初じゃないからな。前も、車道に押されて危うく死にかけたけど……多分、犯人は同じやつだと思う……お前のも」
そうだ、トラブルドールへの最初の願い事の時、三好は事故にあったということで欠勤していた。
あの事故も、誰かに仕向けられたものなのか?
「なんでっ? 警察に行かなきゃっ!」
「うーん、心当たりはあるといえばあるんだけど。それよりも、お前、どういうつもりだよ。何で急に、ここを出るって言い出したんだ?」
ズキンと嫌な痛みが襲う。体の奥底に刺さって抜けない棘が苦しめる。
三好には結婚の約束をした彼女がいるのだ。
愛し合っている二人を平気な顔で見る自信はないし、そもそも見たくない。
「俺がいると彼女が来れないだろうし……邪魔をしたくなかったから」
「へ? 彼女? 誰の?」
「誰のって、店長のに決まってるじゃないですかっ!」
「そんなものいねーよ。お前、一緒に住んでてわかるだろ?」
「え?」
「だから、気の済むまでここにいろよ。もう、勝手にいなくなるなっ! お前との生活、気に入ってるんだからさ」
切なさで胸がギュッと締め付けられる。
――俺、店長のことが好きだ。どうしようもないほど大好き。
今まで通り、一緒に暮らせたらどんなにいいだろうか。
三好への気持ちをはっきりと自覚した今、もう溢れる思いを止めることはできない。
こんな気持ちのまま、今まで通り一緒に暮らすわけにはいかない。暮らせるはずがない。
三好の言葉に、今までの関係が壊れるとわかっていても、我慢することは出来なかった。
「俺、店長の事が好きなんです。だから、これ以上一緒に暮らせません」
「ええ?」
「すみません。男に告白されて気持ち悪いですよね。……もうバイトも辞めます。二度と顔を出しません」
「え? おい、待てっ」
三好が制止するのも構わず、逃げるようにマンションを飛び出した。
とうとう、告白してしまった。これで三好に軽蔑されてしまう。
もう、今まで通りそばにいることは出来ない。あの笑顔を見ることも叶わない。
どうしようもない暗い気持ちで、とぼとぼと目的地もなく彷徨っていると、目の前に健が現れた。
「楓、どこに行ってたんだよ? 探したよ」
「あ、黙って出てきちゃってゴメン」
「うちに帰ろう」
そう言い終わらないうちに、有無を言わさず健が手首を掴んで歩き出した。
ギリギリと掴む手が痛い。
「け、健、痛いっ」
家についても、締め上げる力は緩まず、ドサリとベッドの上に体を投げ出される。
「健?」
一体、何が起こっているのだろう?
ただならぬ雰囲気に茫然としていると、突然、健が馬乗りになってきた。
「あいつと寝たのか? お前は俺のものなのに。ずっと、大切にしてきたのに、あいつなんかにやられやがって」
戸惑う楓を無視して馬乗りになったまま、ボタンを引きちぎるように前をはだけさせると、あらわになった乳首に舌を這わせ始めた。
ぬるぬるとした舌で舐られ責め立てられた乳首は、いとも容易く立ち上がってしまう。
「け、健? やめろよ、やめてくれよっ!」
健は、意地の悪い笑顔を浮かべながら、立ち上がった乳首を思いっきり噛んだ。
あまりもの痛さで声が出ない。涙がポロポロと零れる。
「ずっと好きだったのに。あいつの方がいいのか」
呻くように呟くと、下着ごと楓のズボンを引き抜いた。
四つん這いになって、必死で逃げようとする楓の背後から覆いかぶさってくる。
「健、やめろっ! お前とは友達でいたい。そういう風には見れないっ」
「何でだよ。俺の方がずっと好きなのに。何で俺じゃダメなんだ」
指で窄まりの位置を確認すると、猛りきった肉茎を押し入れてきた。
体を串刺す灼熱の痛みに、ブルブルと全身が震え、脂汗が噴き出る。
「店長、助けてっ! 店長、店長っ!」
霞む意識の向こうに、愛しい人の姿を見た気がした。
◇ ◆ ◇
ストーカーは、健だった。
楓の部屋からは盗聴器がでてきた。泊まりに来た時に仕掛けたのだろう。
ここ最近起きた一連の出来事も全て健の仕業だった。
隣りの家に嫌がらせをして、引っ越すように仕向けたのも、その空き家になった部屋からベランダづたいに上の階に侵入して金を盗み取ったのも全て。
健の部屋からは残りの人形も出てきた。トラブルドールのことで楓を追い詰め、気弱になった隙に、付け込む計画だったらしい。
健がこの先、どんな罪に問われるか詳しくは知らない。
自分に関することについては、告訴をしないつもりだ。健は大切な友達だった。
事件の全貌が明るみになった今でも、不思議と憎しみや軽蔑する気持ちは湧き起こらなかった。
ふとした拍子に思い浮かぶ。
あの時、トラブルドールさえ貰わなければ、こんな事件は起こらなかったのではないだろうかと。
「楓? どうした?」
「ううん、何でもない。潤、もう一回しよう」
楓はマンションを引き払い、三好と暮らしている。
お互いの呼び名は、店長から潤へ、阪口から楓へと変化した。
三好は自分を突き飛ばした人物の背格好から健に疑いを持っていた。
あの日、直接、問いただそうと訪ねてきて、現場に遭遇したのだ。
警察がきて、何もかもが終わったところで、三好に告白された。
「俺さ、昔から気になる子には意地悪したくなるんだよ。ガキなんだよ」
自分にだけ、ツラくあたると思っていたのは気のせいではなかったようだ。
それが、好意ゆえというのはちっとも気付かなかった。
もっとも三好本人も自覚がなかったのだから気付かなくても仕方がない。
口づけが深くなる。三好の舌が、歯列を割り入り、口腔を無遠慮に暴れる。
力強くて乱暴なのに、楓のいいところを押さえていて、蕩けるように気持ちがいい。
ぽーっとなっている隙に、窄まりに長くて気持ちの良い指が侵入してくる。
「んっ、……あっ……」
ついさっきまで散々、三好を咥えこんでいたそこは、もう準備が出来ている。
「いれるよ」
三好の肉茎がずぶりと押し入ってくる。すっかり三好の形に馴染んだ粘膜が、悦びでヒクつき煽動を開始する。
「ああ、うっ、気持ちがいい。入れただけで出そう」
三好が照れたように笑う。自分だけに向けられた笑顔。ずっとこの笑顔が欲しかった。
――幸せだ。
楓は零れそうになる涙をぐっとこらえた。
三好の腕の中で眠っていた楓は、なんとも言えない不快な気配、まるで土の中をモゾモゾと蛆虫がうごめくような、そんな気配で目覚めた。
ここは、マンションの10階。
土の気配なんて感じるはずがない。
ベランダのガラス戸がガタガタと鳴っている。
そう言えば、夜のニュースでは「強風に注意」と言っていた。
不意に、健の言葉が思い出された。
『願い事叶えるのは6体だけなんだって。願い事を叶えてもらった報酬に、最後の1体は逆にこっちが願い事をきかないといけないらしい』
トラブルドールは、神社に納め、三好と一緒に目の前でお焚き上げ供養してもらった。
もう、この世にはない。
「店長、助けてっ!」
あの時、大声で叫んだ。
あれが、6個目の……最後の願いだった。
ガラス戸が、さっきより大きな音でガタガタと鳴る。
キャラメル箱の中の人形の数を数えていなかったと急に思い当たった。
ちゃんと、7体あっただろうか。
いや、5体か。最初の2体は、マンションの植え込みに埋めたままだった。
ガラス戸が、なおもガタガタ鳴っている。
何かはわからないが、ざわざわとした違和感に、その方向を凝視する。
嫌な予感がゾクリと背筋を通り抜ける。
強風ではない。風であるはずはない。
ガラス戸が鳴っているのは、ある1枚だけ。
そんな鳴らし方はできない。
まるで外側から力づくで開けようとしているような、そんな鳴らし方は……。
楓はフラフラと吸い寄せられるように、その前に行くと、震える指でカギを開けた。
暗闇に目を眇める。
――何もない。良かった、気のせいだ。
ホッとして、ガラス戸を閉めようと視線を下に向けた時にそれが目に入った。
「!?」
そこには、1体の土にまみれたトラブルドール。
『最後の1体は逆にこっちが願い事をきかないといけない』
暗闇の向こうに健の声が響いた気がした。
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