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第38話 命にふさわしい

物心着く頃から 蘆谷貴章として生を成した記憶と 蘆谷道満として生きた記憶が混在していた そして体躯の奥底から沸き上がる憎しみ、羨望、絶望……無念! 自分の生きた時代に……安倍晴明さえいなかったら…… 同じ時代に 同じ能力を持つ陰陽師が二人 切磋琢磨して生きて逝くのではなく 競い合い 同じ土俵に乗って優劣を着けて 蹴落とし合うしかなかった 何故? 何時もそんな想いがあった 父さん…… 僕は誰ですか? 僕は……… あなたの息子の貴章ですか? それとも………あなたの祖先の蘆谷道満なのですか? 解らない 解らない この莫大な記憶の果てには………      “ 憎しみ ”しかない…… この想いは僕のですか? それとも………蘆谷道満のモノですか? なら……… 僕は……何者なのですか?        堕ちて逝く………       闇に堕ちて逝く………… こんな想いをするのなら……… 心など要らなかった 心さえなければ……… 深夜 闇が深くなる丑三つ時 真島が姿を現した 『10日のち、白馬にお越し下さいと飛鳥井家真贋からの伝言です』 真島は静かに告げた 「了解した」 『聞かないのですか?』 「終わらせてくれるのだろ?」 『……… !!…………っ……』 心が痛い…… 心が張り裂けそうだ…… 真島は……ギュッと胸を押さえた 『総ての遺恨の決着を着ける時が来たと申されてました』 「そうか……終わるに相応しい奴が出て来たか…… 迎えを頼む……迎えが来たら逝くとしよう」 『ではその旨を真贋にお伝え致します』 「頼む……… 真島……巻き込んで申し訳なかった……」 『総ては……運命なのです 誰にも……この世の理から逃れは出来ぬ…… あの方は適材適所、配置する為に在られる方だから』 「……もう……終わりたい……… その為なら何処へだって出向くさ」 真島は終わりたがっている貴章を誰よりも知っていた 死にたがっているのではなく 終わりたがっているのだ…… 平成と言う時代に……生を成した陰陽師 今の時代に己の存在理由など皆無に等しいのを誰よりも痛感した事だろう…… 時代が必要としていない稀代の陰陽師…… 何の目的があってこの世に生を成させたのか? 真島は腹が立って仕方がなかった 人の命を何だと想っている! 翻弄され……一族の憎悪だけを背負わされ…… そんなのを生きているとは謂わない…… 貴章は空を見上げ 「………僕だけ消え……この体躯は持ち主に返せれば良いんだが……」 もう意識の奥にオリジナルの記憶は薄れ 総てが一つに融合してしまったかの様に…… 自我がない 「蘆谷貴章……彼は何の為に生まれて来たんだ? 僕が残ったままなら……この先を生きて逝く事は難しい 何故なら僕は……この命にふさわしくないから……」 真島は言葉がなかった 苦しみがない訳ではないのだ 悲しみがない訳ではないのだ この世に無理矢理……生をなさせられ 背負わされ 体躯は蘆谷貴章として 心は蘆谷道満として 二つの心を持ち 一つの体躯の中でどちらかが消えるまで共存していくしかないと言うのか…… そして日々…… 貴章として生れたて心が死んでいく…… 『…………あなたが……望んだ訳ではないのに……』 「望んでいたのかもな…… 我は常に……あの背中を追っていたからな…… 違う関係を築きたい訳ではなく 共に肩を並べたかった訳ではなく 何の為に……あの背中を追って来たんだろうな…… そして一族は今も……囚われ……遺恨を残す 愚かだと想う……」 それでも……その憎しみに依存して生きていかねばならぬ時がある まさに蘆谷の一族はそれだった 「………やっと終わらせる事が出来るんだな……」 貴章はそう言い安堵の息を漏らした 『終わらせましょう』 救われぬこの魂を解放してやってください…… 真島はそう思った それが出来るのは……この世でただ一人 「………長かったな……」 やっと終わらせる事が出来るのだ 永きの戦いをやっと終える 「真島、消える前に…飛鳥井家真贋に詫びをして逝かねばならぬな…… 随分失礼な態度も取った……焚き付ける様な行動だったとしても……結構失礼な事を言った」 『………あの方の瞳には“真実”が映し出されていた事でしょう………ですから……』 詫びなど必要ない………その言葉は……小さく消えた 「………この世に未練はない 未練はないが………悔いならある…… 我々をこの世に産み出した魔女が未だに………反魂をやっていると想うと……悔しくてたまらない……」 それだけが悔しくて…… それだけが堪らない…… 生きている“意味”がなくば見失ってしまいしかない…… そんな存在をこれ以上増やして欲しくないから…… 貴章は月を見上げた 「息を引き取った夜も……綺麗な月が出ていた……」 あの日も…… そして今夜も……… 変わらぬ月が出ていた 悠久の日から変わらぬ姿で、この世を照らしていた 『…………あの方が総て……君の進む道を示して下さいます……』 「なら……導かれた先へと逝くと約束しよう……」 貴章は瞳を閉じた そして目を開けると、吹っ切れた顔で笑っていた その顔は………蘆谷貴章……17才の顔だった 真島が消えても貴章は庭に出て月を見上げていた やっと……やっと……終われる日を想う 「……綺麗だな……」 輝く月の美しさに呟く 「………貴章………お前は怒っていないのか? 自分の人生を乗っ取られて……悔しくないのか?」 答える者がいないと解っていて呟く 「………もう憎しみなんて尽きてるさ…… 何を憎めば良い? 誰を憎めば良い? そんな我をこの世に産み出しても……… 一族が望む終わりなんて見せられないのに……」 言葉もなく………愚かだ………と口にした 『僕は君が生きてくれてるから怒ってなんかいないよ?』 脳に響く様な声がして、貴章は振り返った 「………誰?」 『僕?僕は蘆谷貴章……君の体躯の持ち主だよ』 何故……… 「………怒ってないなら……何故……我に声を掛ける?」 『君と一度話したかったから頼んだんだ』 「………誰に………」 『聞かなくても…解ってるんでしょ?』 「…………この体躯が………欲しいか?」 返して欲しいか? 返して欲しいに決まっているだろう…… 解っていて問い掛ける 『僕は……生きているのが苦痛だったんだ…… 多分……生きてても、君の年までは生きられなかったと想う…… だから恨んでなんかいないし……怒ってなんかいないよ』 「生きているのが苦痛だった? 何故……そんな台詞を吐けるんだ?」 『僕は……一族の憎しみの心を受けて産まれたんだ 蘆谷道満の悔しさを忘れない為に……憎しみを増幅させた憎悪の中で誕生したんだ 母親は……憎悪に飲み込まれて息絶えた そんな子供が長生きしたい訳なんかないじゃないか…… 僕は……産まれた瞬間に心を閉ざした この体躯に………心は不要だったから……… だから元々意識なんてなかったんだよ 生きて死した心のまま……時を刻んでいた それを生きているとは謂わない だから……君が……僕の中に入ってくれて僕は救われた そんな君を恨んでいる筈なんかないじゃないか……』 「…………終わらせたら……戻りたいか?」 『僕は君の中で見てるよ だから僕の分も……生きてくれないか? 総てを終わらせ……解き放たれたら…… どうか……僕の分も……父さんの事を……頼めませんか?』 「………自分でやれば良いじゃないか」 『僕は……出来ない……』 「何故!」 『僕は……蘆谷の明日を恨んだから……一族の崩壊を望んだから………君がケリを着けてくれたら消えちゃうしかないから…… だから消える前に君にお願いしたかったんだ』 「我が消えるから……お前が……」 『今度生まれ変われるなら……僕は……太陽の下笑って走れる子供になりたい…… 何者にも囚われない無垢な子供になりたい…… だから僕は輪廻の輪に加わり転生する事に決めました その瞳で見届けたら……君の中から消える事に決めました……』 「…勝手な事ばかり言うな! この体躯はお前のモノだ! 総てケリが着いたら……お前が戻るのが筋だろう」 『ごめんね……僕は……あの日……僕の体躯をボキボキに折って骨を入れ換えた父さんを許せないんだ…… だけど転生するのに……こんな想いは不要だから…… 忘れる事に決めたんだ…… 心なんて要らない…… 心なんて邪魔なだけだ…… そう想って生きて来た僕に……生きて逝く資格なんてないんだ……』 「……貴章……」 『最期まで見届けさせて貰います……』 「それが……お前の望みなのか?」 『はい。僕の分も……どうか生きて下さい』 「………我は……総てを終わらせた時に解き放たれたい…… この体躯にふさわしい命じゃないからな……」 『なら……総ては……あの人に託して……みませんか?』 「そうしよう。」 『ありがとう……道満さん…』 「何故礼を言う?」 『僕は……父さんの望む存在にはなれなかった だけど今僕は……父さんの望む存在になっている ありがとう……ありがとう道満さん……』 「……なら……我も……礼を言おう…… ありがとう……飛鳥井家真贋よ………」 見せてくれてありがとう 声を聞かせてくれてありがとう 消える瞬間     その命に………      ふさわしくなって………      生きて………それだけが………      望みです と言う声が響いた 蘆谷貴章としての……最期の声だった

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