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第79話
「ノリくんお腹空いた? どこか寄って行く?」
三十分の先行上映の後、怜とノリは最後に劇場を出た。怜がすぐには立てなかったのだ。
外に出て時計を見ると七時過ぎで、夕飯時だけれど怜は胸がいっぱいでどうも何も口に出来そうにない。
けれどノリは空腹だろうし、どこか食べられるところに入って自分は紅茶でも飲もうか。
そう思った怜に、いたずらに笑うノリが今日は帰ると肩を竦ませる。
「だってアニキ、梓くんに会いたいんじゃないっすか?」
「え……」
「そんな顔してるっすよ」
「…………」
ノリの言う通りだ、梓に会いたい。けれどどんな顔をして会ったらいいのだろう。
思い出される後悔が怜の足を行かせまいと掴んでいる。
梓のキスを拒めなかった瞬間、理由も言わずもう会わないと突き付けた夜。
昨夜の梓が差し出した想いを、出逢ってからの梓を信じていないわけじゃない。怜は何より自分自身が信じられないのだ。
けれどそれを見透かすように、落ちていってばかりの怜の思考をノリが遮る。
「アニキ、変な事考えてるでしょ」
「……え?」
「もう自分は幸せになれない、って思ってるんじゃないすか?」
「あ……」
「俺とか加奈とか、それから梓くんとか。みんなアニキのことが大好きなんすよ。俺達が好きなアニキの事、アニキも大事にしてあげて?」
「……でも」
「素直になっていいんすよ、ワガママ言ってもいい。幸せになって、アニキ」
「ノリくん……」
緩んでばかりの涙腺がノリのあたたかさにまたぽろぽろと涙を零す。
ずっと支えてくれていたノリの言葉だからこそ、まっすぐ胸の奥へと届いて怜を包むのだ。
「また人を好きになってもいいのかな」
「いいに決まってるっす!」
「…………」
「恋愛って、別に絶対しなきゃいけないもんじゃないと俺は思うっす。でもアニキに好きな人が出来て、その人の隣でアニキが幸せになれるなら、手を伸ばしてほしい。梓くんなら俺も安心だし? あとはアニキ次第、でしょ?」
「っ、うん、うん……ありがとう、ノリくん。僕、頑張ってみるよ」
ノリの言葉がすっと染み込んで、怜に笑顔が戻る。
そうだ、ノリの言う通り自分次第なのだろう。
頷いた怜は照れくささにはにかみながら頬を拭う。
アニキなんて怜を呼ぶのに、ノリは自分こそ兄の様な表情で怜の頭をぽんぽんと撫でて鼓舞する。
「明日の昼は屋上に集合っすよ、アニキ」
「駄目だった時はまた落ち込んでると思うけどそれでもいい?」
「もうーまた弱気」
「う、だって……」
「ふ、いいっすよ。とりあえず今は、アニキの分まで俺がアニキのこと信じてるから」
「うん、ありがとう」
右手を高く合わせ、じゃあねと手を振って駅へと向かうノリの大きな背を見送る。
とうとう見えなくなり、怜は大きく息を吐く。ここからはしっかり自分の足で、ひとりで梓と向き合う時間だ。
スマートフォンを取り出して、メッセージアプリの梓とのページを開く。
ここに来る前に送ったメッセージはまだ未読のままだった。
忙しいのだろう、もしかするとこの後は打ち上げがあったりで会う事は叶わないかもしれない。
けれどそれでもいい、会わない方がいいと言って突き放したのだから、いくらだって待てる、待つべきなのだ。
『梓くん、今日はご招待ありがとうございました。来て良かった。梓くんに会いたいです』
それだけ打って、何度も読み返しては送信ボタンの上を指が躊躇って数分。
勇気を振り絞ってやっとの思いで送信し、すぐにアプリを閉じた。
緊張に留まっていた息を吐きだし、スマートフォンを胸に当てて夜空を仰ぐ。
すごくこわい、本当は。
やっぱり自信なんてない、昨日くれた想いを梓が今日も持っているかなんて、梓自身にしか分からない。
それでも届けたいと上を向けるほどの想いが怜にはあるのだ。
「はぁ……」
とりあえず帰ろうか。ここにいても仕方がないだろうし。
熱い息を天に吐き、ゆっくり歩きだして駅を目指す。
一歩一歩がここに来た時までとは違う、新しく生まれた道を歩くような心地がした。
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