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第86話
幸福に満たされた体は、程よく気だるい。
目を閉じて頬を寄せていると、この空気に似つかわしくない音が響いた。
バツが悪そうに呻く梓に、怜はくすくす笑いながら梓のくせっ毛に指を通す。
「腹の虫め、許さない……」
「あはは、お腹空いた? 何か買いに行こっか」
「んー、離れたくないんで悩ましいです」
「ふふ」
もう少し肌をくっつけあってキスをして、どうにか区切りをつけたら一緒に並んでコンビニにでも行こう。
過去がまた手招いて、身の程知らずだと覆われてしまう日が来るかもしれない。
そうしたら美しい瞳を覗いてみようと、少し拗ねて頬を膨らませながらも柔らかく笑んでいる梓を見て怜は思う。
どうしたのと微笑み返してくれたらそれが答えだ。
「アイス買ってあげるから行こう?」
「なんか俺、子ども扱いされてません?」
「アイス好きじゃなかった?」
「好きです、要ります」
「ん、僕も好き」
僕の幸せはここにある、だから僕よりもっとキミが幸せでいてね。
信じられないならいくらでもあげると胸の内をさらけ出す梓に、ありったけの想いを差し出す勇気が怜の心に光った。
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