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第88話

 雑誌の日も夕飯は買って済ませますか、と梓が問えば、怜は『雑誌は初めてだけど……それもいいね』と笑って頷いた。  特典のために同じ雑誌を何冊も買ってくれる事は、梓にとって喜びの中に申し訳なさが入り混じるのもまた事実だった。  半分は自分が買うと申し出れば『今までCDしか買ってなかったから、僕は嬉しいんだよ』と返って来て、その言葉に甘んじるしか術はなかった。  それならせめて、とコンビニに向かおうとした怜をデパートの地下へと強引に引き込み、遠慮されてしまうのを見越して梓が選んで次々と惣菜やデザートを購入した。  僕の好きなのばっかり……と赤い顔でむくれながら梓の好物を指し『これも欲しい』とねだられ、やっぱり抱きしめたいのを我慢するのが大変だった。  怜のアパートのローテーブルで向かい合って手を合わせ、美味しいと綻ぶ怜の顔に梓も大満足だった。  ご馳走様と言ってすぐ立ち上がろうとした怜を制すと、今度は腕を組んで少し不機嫌な瞳が梓を映した。  梓くんがご馳走してくれたんだから僕が片付けるのが筋だ、と、いつしか出来た二人の決まり事を大切にされれば梓も一瞬たじろいだが、雑誌見ててくださいと今日ばかりは引き下がらなかった。  その代わり今日は泊まってもいいですかとねだってみると、そうじゃなくたっていつでも泊まっていいよと消え入りそうな声が梓のシャツに染み込んだ。  出来合いのものを買ってきたから、片付けると言っても洗う食器は皿二枚と箸が二人分、あとは容器をすすいでまとめるくらいのものだ。  怜の方を振り返ると、ベッドに肘をついた背中が見える。おそらく雑誌を布団の上に広げているのだろう。  怜の姿を見つめながら、梓は今日の日を反芻する。  自分が声優雑誌の表紙を飾る日を夢に見た事はあっても、実現した事がどこか夢見心地だ。  怜を先行上映会に誘ったあのアニメが自身のターニングポイントであろう事は明白で、怜という存在の大きさを噛み締める。  そんな事ないと恋人は言うだろうけれど、こうして熱心に応援してくれている姿を通してまた、叶った夢を実感するのだ。 「怜さん」  背後からそっと抱き着くと、怜は驚きに肩を揺らして「片付けありがとう」と笑った。  すぐに視線はまた雑誌へと注がれ、肩に顎を乗せて梓も覗き込む。 「あれ? 中読んでたんじゃないんですか?」 「んー、何だか勿体なくてまだ捲れないところだよ。表紙とポストカードで胸いっぱい」  布団の上に置かれた一冊と、隣に綺麗に並べられた四枚のポストカード。  てっきり記事を読んでくれているのだと思っていたがそうではなかったらしい。  熱心な瞳がポーズを決める梓を見つめている。 「よく撮れてますか?」 「うん。すっごくかっこいいよ。梓くん凄いね」 「……怜さん、こっち向いて?」 「へ? んっ……」  振り向くのを待っていられなくて、梓は腰を浮かせて怜に口づけた。  まん丸に見開いた目がどうしたのかと問うているけれど、梓は胸いっぱいに占めている感情をうまく言葉に出来ない。  震えるほどの歓喜に自分相手の嫉妬が確かにぽたりと一滴落ちて、今この瞬間の怜をここにいる自分で埋め尽くしてしまいたくなったのだ。 「怜さん、したい」 「っ、あ……」 「それとも、雑誌の方がいいですか?」  怜の視線がちらりと雑誌に逃げたのを見て、つい意地の悪い聞き方をしてしまった。  布団の上の手に手を重ね、指を絡めて首筋に唇を押し当てる。  ずっと燻っていた欲情が溢れだしそうになるのを身震いで往なす。  すると怜は頭を傾け、まるい息を吐きながら梓の頭にこつんと寄りかかった。 「僕も、梓くんの赤い顔、街中で見た時からずっと、その……したいなって思ってたよ」 「はぁっ、怜さん……っ」 「あ、待って……あっ、雑誌、しまう、から」 「ん、早く」  堪らず怜を強く抱きしめ、耳の奥へと舌を伸ばす。  途端にぶるりと震える反応に、梓の欲望がみるみる押し上げられる。  舌先でかき混ぜるように愛撫すると怜は身をよじり、雑誌に伸びていた手が止まった。 「怜さん、早く。それぐちゃぐちゃになっちゃうよ?」 「だって……ね、梓くん、待っ、あぁっ」 「ん、待てない」 「そん、な、んぁっ」

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