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真夏の逃亡 28

 北柏駅のロータリーに1台の軽自動車が停まり誰かを待っていた。スマートフォンでidのアルバムを聴いて運転手は「この子、よく死ななかったな」と呆れたように呟く。  次の曲が流れた瞬間、電話がかかってきたので彼はそれに出る。 「もしもし」 「着いたぞ。お前どこいんの?」 「タクシーんとこの近く。青の車だよ」 「えっと…あ、いたわ」  通話が強制的に終了すると運転手は車から降りて先ほどまでの通話相手、理玖を探して呼ぶ。 「理玖、こっち」 「カドマツ!」  理玖は帆乃と手を繋いだままカドマツの方へ急いで向かう。  噂のカドマツこと門田(かどた) 真音(マオト)、理玖とは1年振りの再会だった。理玖と並ぶほどの長身の細身で不健康そうな色白の肌とやる気がなさそうなタレ目なのに整った顔立ちで軽自動車が違和感なほど端正な容姿だった。帆乃も思わず見入ってしまう。 「ま、とりあえず一旦うちに行くぞ。乗れ」 「ちょっと待て、色々説明してくれ」 「はいはい、運転しながら説明すっから」  カドマツは面倒臭そうに後部座席に理玖と帆乃を押し込む。そして運転席に戻るとためらいなく発進する。  混乱したまま理玖と帆乃は車に揺られ、すぐにカドマツが口を開く。 「てかお前ら荷物そんだけ?」  2人はリハーサルの時に持って行ったシャツやジャージの着替えとタオル1枚、そして貴重品だけが入った軽装備な手荷物だけを提げていた。 「昨日はそのまま自分ちに帰るつもりだったんだよ」 「金は?」 「ここまでの交通費でカツカツだっつーの」 「で、彼氏くんは?」 「え……お、俺、ですか? えっと…」  帆乃は慌てて財布を見ると千円札が3枚だけ入っていた。 「さ、三千円…です」 「ATMは足が付くから使えねーよ? はぁ…しゃーねぇな」  再会早々、損得勘定の話題になる。カドマツのブレなさに理玖はムカつきながらも安心してしまう。 「さっき理玖姉がidの社長に連絡したって。ライブ前日までお前らはウチにいてもらうから」 「はぁ⁉」 「お前んちも橘にはバレてっし、idの事務所とか関係者、都内は危険だ。何が切っ掛けか知らねぇが、いつも退けモンにしてる息子を連れ戻そうとするなんて、ロクなもんじゃねーだろ。GPSまで仕込んでご苦労なこった」  カドマツのボヤキに帆乃は顔を青くした。理玖はそれを察して帆乃を抱き寄せる。 「彼氏くん、とりあえずスマホの電源は切っといて」 「は、はい」  帆乃はすぐに実行する。だが手が震えて上手く操作できない。理玖が一緒に手を添えてやってくれた。その甘やかしをバックミラー越しに見たカドマツは「おえっ」と吐きそうな声を出す。 「あの南里 理玖がこんな甘々溺愛彼氏に成り果てるとは……人間不信の痛々しい頃のがまだマシだったな」 「あ?」 「一樹から聞いてたけど想像以上だわ。そりゃあいつも愚痴るわけだ」 「お前ら何の話してんだよ。つーか一樹は? 今は実家にいるんだろ?」 「idのライブの日に東京に戻るとか言ってたぞ。ま、今日は必要なモン買い物したら夕飯はワンハンで集まろうぜ。彼氏くんは? 来る?」 「行くに決まってんだろ」 「何でお前が答えんだよ…」  そうこうしていると理玖がよく覚えている住宅街の風景が見えてきた。  

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