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真夏の逃亡 29
「着いたぞ」
カドマツが停車させると、理玖はドアをあけて降車する。帆乃も戸惑いながら理玖の差し出す手をとって着いていく。
高校以来のカドマツの家。少しだけ大きな門に「門田」という表札があり、敷地には2軒の家屋が建てられている。母屋であろう2階建ての広い二世帯住宅にはカドマツの祖父母と両親とカドマツが住んでいて、もう一つの別邸にはカドマツの兄家族が住んでいた。
「相変わらずデケェわ…」
「どの口が言ってんだ、南里のボンボンが」
カドマツの嫌味に帆乃は密かに同意する。
「去年じーちゃん死んで、母屋のこっち側が空いたんだ」
「ばーちゃんは?」
「今年の頭に施設に入った。認知症が酷くなってお袋が参っちゃってさ」
「そっか」
理玖は何故かカドマツの家に詳しい様子だった。帆乃は不思議そうに理玖を見つめていたらそれに気が付いたカドマツがぶっきらぼうに説明する。
「こいつ、学校が朝早い時とかに俺んチか一樹んチによく泊まってたんだよ。だから俺んチに詳しいわけ」
そう言いながらカドマツは帆乃の荷物を取り上げて2人を匿う家へ歩いていく。理玖が優しく「行こうか」と帆乃に声をかけると、帆乃は「はい」と言い一緒にカドマツのあとをついていく。
クーラーもつけていなかった室内は少し蒸していて、カドマツが「あっちー」と言いながらリビングのエアコンをつけた。
「こっちに入ったの初めてだな俺」
「確かに。俺の部屋だったもんな」
「ゲーム機とかで足の踏み場がガチでない部屋な。相変わらずなのか?」
「まぁな」
カドマツは大学に進学はしたが通信制で基本自宅受講、そして高校生の頃から在宅でウェブデザインなどネット関連の仕事をしていた。つまり基本的に引きこもりでも問題はない身分だった。カドマツの自室は昔から高性能パソコンやら配線やらでとんでもないことになっている。
「んじゃ、12時になったら飯と買いモンするから、テキトーに休んどけ」
「おー」
そうしてカドマツは自分の家に戻る。久しぶりに起動したであろうエアコンが埃っぽい臭いがして理玖は大きな窓を開けて換気をする。
「あ、帆乃くん、俺自販機行ってくるから」
「え…」
「ホッとしたら喉乾いたし。帆乃くんのも買ってくるね」
理玖は足早に部屋を出て帆乃は一人知らない空間に取り残された。しかし緊張が解けてその場に膝から崩れて床にペタンと倒れ込んだ。フローリングが妙に気持ち良い冷たさだった。
「……どうして………」
虫の居所が悪い時に遭遇すれば殴るだけの父が急に自分を探し当てたことに帆乃は疑問を抱くと同時に恐怖を改めて感じた。
「また、兄さん…なのかな……」
(俺がidって、バレた? 理玖さんと一緒にいたから、理玖さんを探った? 兄さんは、理玖さんに近づいたの…理玖さんが南里財閥の人だから? 俺のせい?)
「何で…」
唯一だった「自分の居場所」すら侵されたことの悔しさもあった。
「俺のことなんて、放っておけばいいのに……」
全く縁もゆかりもない初めてのこの場所でやっと安心できることが異常なことだと思いながら帆乃はゆっくり目を閉じた。
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