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真夏の逃亡 30
帆乃が次に目を覚ました時、帆乃は床でなく少し古いソファの上に寝ていて、ふと横を向いたら赤い夕日に部屋が照らされていた。エアコンからの涼しさが心地よい。
まだ怠い身体をゆっくり起こすと、ソファのそばで胡坐をかいてノートパソコンと向き合えっているカドマツがいて、帆乃の方をゆっくりと見る。
「あ、起きた」
「あ……ごめんなさい…」
「朝からクライマックス級のイベント消費すりゃHPも削られるわな」
「えっと……」
「何か飲むか?」
カドマツは「よっこらせ」と立ち上がって、ゆっくりとキッチンへ向かう。
「スポドリと水、どっち?」
帆乃の方を見ずにそう訊ねてくる。帆乃は戸惑いながら「水で」と弱々しく答えた。それを聞いたカドマツは、呆れたようなため息を吐いてミネラルウォーターのペットボトルを冷蔵庫から取り出すと、ソファに座る帆乃に無愛想に渡す。
「あ、りがとう…ございます……」
帆乃がおずおずとペットボトルを受け取ると、カドマツは「はぁ」ときつめのため息を漏らした。
「俺が言うのもなんだけどさ、その態度とかコミュ障なの、直した方がいいよ?」
「…あ、あの……ご、ごめんなさい……」
「大体どんなことが起こったのか想像に難くねぇが、味方が過保護でいてくれることに甘えんのも大概にしねぇと、また今回みたいなことが起こるぜ」
突然の厳しい言葉に帆乃は戸惑う。
カドマツは再びソファの前に座ってパソコンと向き合った。帆乃はペットボトルのキャップを開けて、少しだけ震えながら水をゆっくり飲んだ。
「………真実は自分の武器として、相手に最大限にダメージを与えられるときまでとっておけよ」
「………どういう、ことでしょう?」
「ここまで迷惑かけられてんだ。お前の身辺情報くらい駄賃でもらってもいいだろ?」
カドマツは帆乃にパソコンの画面を見せた。
「………え……」
帆乃はあまりのことに頭が真っ白になった。堅く閉ざされていた苦しい記憶が、記録として目の前に映し出されていた。
「……揉み消されてた、はずなのに…」
「データの管理がお粗末だったおかげかもな。まぁこれは、お前のタイミングで投下する爆弾として持っておいてやるよ」
ろくでもないことを思いつく悪人顔でカドマツは笑った。
「全部話せとは言わんが、理玖には打ち明けてもいいんじゃね?」
「………それ、は……」
「そういう境遇にドン引きする奴じゃねーよ。むしろアイツの方が社交界のドロドロとかやばかったし」
「やばかった…?」
(俺より、やばい?)
「特にバレエなんて権力やら何やらの? ドラマかよってくらいのことが現実であったらしくてさー。高2の時に全国コンクールのエントリーを勝手に取り消されてたり、とかな」
「…………え」
「その前の年なんか…クラスの連中で半分冷やかしで見に行ったんだけど、あいつ金賞獲ったっつーのに、嫌がらせかってくらい他の出場者とその関係者からの拍手なし。妬み丸出しで超引いた」
苦い思い出し笑いをするカドマツを帆乃はじっと見つめる。
「家族から虐待されてたアンタに比べたら、って感じだけど…自分自身を見て貰えないって点では同じじゃねーの?」
(同じ………なのかな……)
身体の傷が疼くような気がして、帆乃は肩を庇うような仕草をとり、唇を震わせた。息を吸って吐くと、同時に涙が流れてきて、そんな最悪なタイミングで理玖が戻ってきた。
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