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4-01 僕の大切なもの

梅雨が明け、すっかり夏の日差しが降り注ぐこの頃。 美映留高校では、恒例のクラス対抗のスポーツ大会が開催される。 僕は例年通りバレーボールにエントリした。 ジュンも同じ。 結局、どの競技でも、運動音痴の僕はお荷物になってしまう。 でも、バレーボールはサーブとレシーブさえできれば一応試合の形にはなる。 という事で、結局、三年連続バレーボールということになったのだ……。 僕とジュンは体育館へ向かう。 「ねぇ、めぐむ。あまり強くないところとやりたいよね」 「うん。同感」 「でも、ほら、うちのクラス、元バレー部員が2人いるからさ。意外といけるかもしれないよ」 今年のクラスのチームには、元バレー部のセッターとアタッカーがいる。 彼らは余裕の微笑みで、 「俺達に任せておいてくれればいいからな!」 と言って、僕達の肩をポンと叩いた。 なんとも頼もしい。 僕とジュンは、「今年は、優勝できるかもね!」と早くもハイタッチをした。 試合開始のアナウンスがあった。 僕とジュンは、緊張しながらコートへと向かった。 試合が始まる。 相手は隣のクラスだ。 メンバを見ると、見慣れた二人がいる。 あれっ? 雅樹と翔馬だ。 「どうして、バスケじゃないの?」 僕は思わず声を出した。 ジュンも驚いている。 僕とジュンは目配せをしてネット際に向かった。 雅樹と翔馬もこちらに気が付いたようだ。 僕は、ネット越しに雅樹に言った。 「雅樹、どうしてバレーボールなの?」 「あ、うん。俺はバスケにしようと思っていたんだけどさ……」 翔馬が割り込んで答える。 「めぐむ達のクラスは、バレーボールが強いって聞いてさ。こりゃ、潰しておかないとクラス優勝が危ないと思ってな」 「クラス優勝?」 僕とジュンは、顔を見合わせる。 運動ができる人達の思考はすごい。 つまり、バスケで勝っても他の競技で勝たないと総合スコアで負ける。 だから、全競技で勝とう、ということのようだ。 「へぇ、でもそれじゃあ、バスケは大丈夫なの?」 ジュンが尋ねる。 「まぁ、大丈夫かな。そっちは別の元バスケ部員が頑張るから」 翔馬は、ニヤリと笑った。 僕は、雅樹と翔馬の運動神経のよさをよく知っている。だからバレーボールも上手なはず。 二人の実力なら、バレー部員にも十分対抗出来るだろう。 「ところで……」 翔馬は、言った。 「めぐむ、ジュン。俺は友達だからって、いっさい手は抜かないからな。なっ、雅樹!」 「そうだな」 雅樹が頷く。 「だから、二人とも思い切ってぶつかって来てくれよ! ははは」 翔馬は、ウインクしながらグットサインをする。 熱い……さすが体育会系だ。 僕は、小さな声で答える。 「おっ、お手柔らかにお願いします……」 思いきっりもなにも、僕はいつも全力ですが……。 僕とジュンは、チームにもどった。 試合開始のホイッスルが鳴る。 やはり相手チームは、翔馬と雅樹が軸になっている。 なかなかの連携プレーだ。 もちろん、こちらも負けていない。 元バレー部の二人がガンガン攻める。 接戦のまま、互いに得点を重ねていく。 ただ、徐々にだが、点数の差がでてきた。 僕達のクラスが劣勢になっているのだ。 これは、明らかに体力の差だ。 僕は、少し前から疲れが足にきていた。 はぁ、はぁ、と肩で息をしている。 レシーブも、ボールに追いつけない時が多くなってきている。 ジュンもそうだ。 この辺が、運動部とそうでない者の決定的な差なのだろう。 少し点数に差ができてしまった。 ここは頑張りどころ。 何としてでも、点数を取りにいかないといけない。 そんな時に、僕のサーブ。 僕は、汗をぬぐった。 ジュンは言った。 「めぐむ、頑張ろう!」 「うん!」 僕は、目と閉じて集中する。 審判のホイッスルが鳴って、僕は目を開けた。 よし。 相手は、翔馬と雅樹。 相手にとって不足なし。というか、あたって砕けろだ。 僕はボールを少し上げて、下からポンと当てたサーブを打った。 山を描くように、相手のコートの奥へ落ちる。 「取れるよ!」と相手チームの声。 レシーブされる。 うまくセッターにボールが回る。 セッターは翔馬だ。 翔馬がトスを上げる。 僕達のチームメンバは身構える。 トスが上がった先は……雅樹。 ジャンプが高い。 元バレー部の二人は合わせるようにブロックに飛ぶ。 雅樹の腕が回る。 僕は腰を落とした。 レシーブの体勢。 雅樹の腕が振り下ろされる。 バシッと音がしたかと思うと、ボールは僕をめがけて飛んできた。 えっ! ブロックの手をかすめてコースが変わったのか……。 あれ? 足が動かない。 いや、動けないのだ。 あ、これはぶつかりそうだ、とスローモーションのように近づくボールを見ていた。 そして、まもなく、そう、気を失った。 しばらくして僕は気が付いた。 と、思ったけど違う。 どうやら夢を見ているようだ。 目の前に、小さい時の僕がいる。 ランドセルをしょって、とぼとぼ一人で下校している。 あぁ、そうだ、小学生の時。 低学年の頃だ。 クラスの男の子がやってきて僕をはやしたてる。 弱虫! 弱虫! 僕は、唇をかみしめて速足で歩き出す。 それを見ていた他の子達も、近寄るな、弱虫がうつる! と、僕に悪口を投げかける。 僕は、堪らずに泣きながら走り出す。 目を真っ赤にしてようやく家に着くと、お母さんに抱き着いてわんわん泣いた。 ああ、よくあったな……こんな事。 場所は移って、放課後の校庭。 みんな、楽しくドッジボールをしている。 僕は体が弱く、運動が苦手。 だから、僕がチームに入ると負けてしまうから、誰も僕を入れたがらない。 僕は、そっと、みんなが遊ぶのを、外から座って眺めていた。 「おい、お前、こっちのチームに入るか?」 そうそう、僕を唯一誘ってくれる男の子がいたな。 「えー、なんで、そいつ入れるんだよ!」 「一方的な試合になるから、こいつ入れるとちょうど釣り合うだろ。ハンデさ!」 「なるほどな……」 気まぐれか、同情だったのか。 でも、その男の子に誘ってもらえたのが嬉しかったんだ。 そして、その男の子に憧れた。 だから、それからは、その男の子に近づきたい。 できないながらも、近づけるように頑張ろう、って思うことができたんだ。 そっか……。 忘れていただけなのかもしれない。 あの男の子は、きっと雅樹だったんだ。 逆上がりの練習の時が、雅樹との最初の思い出だったと思ったけど、もっとずっと前から僕は雅樹を知っていて、そして憧れていたんだ。 目の前がガラリと変わる。 今度は中学生の頃の僕がいる。 一人で机に向かって本を読んでいる。 中学は、私立の男子校に進んだ。 でも、ここでも居場所がなく本ばかり読んでいた。 女の子みたいな外見だから、クラスメイトにはバカにされた。 「どうして、男子校に女子がいるんだ?」 「めぐみちゃーん」 その内、いい返すのも面倒になり、友達も作らず、ずっと一人で本を読んでいた。 早く卒業して、いや、早く大人になりたいとずっと思っていた。 そうすれば、外見だけで人を評価する世界とは決別できる。 そんな風に思った。 プールの時間、下着を女性用に入れ替えられたいじめもあった。 あの時は、悔しくて、さすがに自分の容姿を呪った。 いま女装をするけど、この時の僕だったら絶対に考えられないな……。 そうだ。 確か、この後ぐらいに、遠い噂で雅樹に彼女ができたと聞いたんだ。 ショックだった。 でも、その時。 初めて、雅樹に対する思いは、恋だったと気付くことができた。 そうそう、そんな独りぼっちの僕を見かねて、両親は公立高校へ進学するのを進めてくれたんだ。 あのまま、あの学校にいたら、今も独りぼっちだったのかもしれない……。 また、目の前が変わる。 高校へ入学したての頃の僕。 あまり期待はしてなかった高校生活だった。 でも、最初に雅樹を見かけて、おどろきと嬉しさで飛び上がりそうだった。 運命を感じざるを得なかった。 雅樹が僕のことを全く覚えていないのは、少しショックだった。 でも、また会えた喜びは何事にも代え難い。 そして、雅樹と会えただけじゃない。 ジュンと翔馬という心を許せる友達ができた。 外見で人を見ず、自分事のように親身になって悩みを聞いてくれる。 本当の友達。 それもこれも、雅樹と高校で出会えた奇跡のおかげ……。 僕もきっと変わったんだ。 雅樹の優しさに触れ、人に対して心を開くことができるようなった。 「めぐむ」 雅樹が僕の名前を呼ぶ。 「なぁに? 雅樹」 僕は答える。 雅樹は、にっこりと微笑む。 その笑顔で、僕の心のわだかまりはスッと消えていく。 悲しかった過去や、つらかった過去も全部。 ああ、雅樹は、僕のすべて。 僕にとって、かけがえのない太陽みたいな人なんだ……。 ありがとう、雅樹。僕と出会ってくれて……。 ふと気づくと、現実の3人が、僕の顔を覗いている。 あれ!? 夢を見ていたんじゃ……。 ジュンが言う。 「あ、めぐむ、気が付いたみたい」 「おい、めぐむ! 大丈夫か?」 雅樹が言う。 「あれ、僕は何をしてたんだっけ?」 僕が言うと、翔馬が答える。 「めぐむ、お前、ボールが当たって、気を失ってたんだよ」 周りを見回すと、体育館の隅で横になっていた。 「ふぅ。とりあえず意識が戻ってよかった。ごめんな。俺が打ったボールが当たっちゃって……」 雅樹が頭を下げた。 そういえば……。 思い出した。 バレーボールの試合中にボールが当たったんだ。 僕は、しばらく気を失って夢を見ていた。そういう事だ。 ジュンが微笑みながら言う。 「めぐむが気を失ったおかげで、相手チームのエース二人を休みにできて、ほら逆転しそうなんだ。ふふふ」 「じゃあ、もうちょっと気を失っていようかな。なんて……」 僕は、冗談で返す。 翔馬は言う。 「めぐむ、何言ったんだ! お前が気を失ったせいで、雅樹が心配して大変だったんだ。病院につれていくだのなんのって」 「いや、めぐむは体が弱いんだ。一応な。一応。でも、ちょっと大袈裟だったかもな。あはは」 雅樹は、照れながら言った。 ありがとう、みんな。 こんなに、あったかい……。 僕は、今とても幸せだ。 「ありがとう、みんな!」 雅樹も、翔馬も、ジュンも、優しく微笑みを返してくれる。 本当にありがとう。僕はそう、心から思った。

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