60 / 60

4-22-6 グランドフィナーレ!(6)

僕はウエディングドレスの裾をつまんで、急ぎ足でチャペルへ向かう。 その間、僕はシロの言った事を考えていた。 これは本番だ、とシロは言った。 そうだ、きっと今日は、神様が僕達に与えてくれたチャンスなんだ。 今を逃したら、きっともう訪れない。 そして、こうも思う。 雅樹もそう感じていたのではないか?と。 だから、わざわざこのタイミングでプロポーズをした。 考えれば考えるほど、そう思えてならない。 ああ、僕は何て愚かなんだ。 シロに言われるまで、まったく気が付いていなかった。 そんなこともわからずに、覚悟もないまま、雅樹のプロポーズを嬉々として受けていただなんて……。 恥ずかしいし雅樹に申し訳ない。 雅樹に謝ろう。 そして、もう一度ちゃんと、答えるんだ。 はい。結婚してください、って。 僕は、唇をギュッとかみしめた。 チャペルの控室に着いた。 僕は、少し息を切らせて扉を開ける。 雅樹は、待っていたよ、という優しい表情で僕を迎えた。 「ごめんね。ちょっと、手間取っちゃって……」 「ううん。平気さ。それより」 雅樹は、僕の手を取り、グイっと引き寄せる。 そして、あごをくいっと持ち上げた。 「めぐむ、とっても綺麗だよ……」 「あ、ありがとう。雅樹」 「俺の最高の花嫁、いや、花婿だ。ははは」 「ねぇ、雅樹……あのね」 そうだ。 ちゃんと、雅樹に言わなきゃ。 僕は、ちゃんと分かっていなかったって。 そんな僕を雅樹はいぶかしげに見つめた。 「ん? どうした?」 「えっと、その……僕、気付いていなくて……」 僕は、そこまで言って口をつくんだ。 僕に向けられた雅樹の笑み。 その雅樹の瞳に釘付けになる。 ああ、包み込まれる……。 雅樹は、目元をほころばせると、フッと笑い白い歯を見せた。 「なんだかよく分からないけど。大丈夫! 俺に任せておけよ!」 その一言で、僕の中のもやもやは、スッと消えた。 「うん!」 「じゃあ、いこうか? 皆、待っているよ」 「うん、行こう!」 チャペルの扉が開かれる。 バージンロードを踏み出す僕達。 そこには、僕達の未来がある。 目の前には、大きなステンドグラス。 淡い色の光が差し込み、辺りを照らす。 行く手には、僕を支えてくれた人達。 みんな笑顔で、僕達を見守ってくれる。 ああ、なんて幸せなんだ。 これが本番じゃなくてなんだというんだ。 雅樹は、僕を見てにっこりと微笑む。 僕も満面の笑みで微笑み返す。 「雅樹、僕、とっても幸せ」 「ああ、俺もだ。さぁ、俺達の式だ。楽しんでいこう!」 「うん!」 「はい! それでは皆さん、階段の方へ移動してください!」 望月さんが声を上げた。 チャペル内の撮影が終了し、フラワーシャワーのシーンの撮影に移る。 撮影スタッフさん達はあわただしく移動を始める。 結局、チャペル内では、指輪交換、ベールアップ、誓いのキスなど、一通りのシーンをすべて撮影した。 僕達にとっては一生に一度の感動的なシーン。 心の奥底にしっかりと刻まれた。 僕と雅樹は、椅子を用意してもらい、しばし休憩。 そこへ、望月さんが話しかけてきた。 「お二人共、お疲れ様です。あとワンシーンです。いやぁ、それにしても、いい表情でしたよ。本当に結婚するカップルみたいで、ドキドキしました。最高の絵が撮れましたよ!」 望月さんは、それは興奮して大袈裟な身振り手ぶりで話した。 「そうですか……それは、よかったです」 雅樹は、まんざらでもない顔付きで答える。 ふふふ。 本当に結婚するカップルだもん。 そんなの当然。 雅樹も同じように考えているようで、僕に目配せをしてニッと笑った。 望月さんが、それじゃあ、と準備の指示出しに戻って行くと、入れ違いに翔馬とジュンがやってきた。 「雅樹、めぐむ、お疲れ!」 二人とも興奮気味。 「なぁ、お前達、すごくよかったぞ!」 「そうそう、ボクも、どきどきしちゃったよ!」 「そっか?」 「ふふふ」 僕達は、ちょっと照れ顔で受け答えた。 ジュンは、顔を近づけて小さい声で言った。 「ねぇ、めぐむ。それに、雅樹。間違っていたらごめんね。これって、二人にとって本当の結婚式だよね?」 翔馬も同じ様に思っているのか、興味深々で僕達の顔を伺う。 さすが、僕達の親友。 しっかりと伝わっていたんだ。 僕は嬉しくて、嬉しくて、満面の笑みで答える。 「うん!」 翔馬とジュンは、ぱあっと花が咲いたように笑みがこぼれる。 そして、声をそろえて言った。 「二人共、結婚おめでとう!」 4人で手を繋ぎ合って喜んでいるところへ、アキさんと山城先生がやってきた。 「めぐむ、とっても綺麗だった!」 アキさんは、そう言ってすぐに僕に抱き着いた。 アキさんの温かい抱擁。 安心して体を預けられる。 アキさんは抱き着いたまま、耳元でささやいた。 「めぐむ、結婚するのね……おめでとう。嬉しいんだけど、ちょっと寂しいわ……」 アキさんは少し涙声。 僕は、胸がきゅうと締め付けられて、言葉を詰まらせながら答えた。 「アキさん、ありがとうございます……」 アキさんは、涙を拭きながら体を離すと、今度は泣き笑いの表情で僕を見つめる。 「こんな時にダメね、私。めぐむ! 彼と幸せにね!」 「はい!」 僕も泣かないように、精一杯気を張って答えた。 僕とアキさんがしんみりしている横では、山城先生が雅樹を盛んにいじり回していた。 「違いますよ……先生、からかわないでくださいよ」 「あはは。じゃあ、なんてプロポーズしたんだ? 言ってみろよ、高坂!」 「いいじゃないですか。普通ですよ、普通」 雅樹は、山城先生には弱いのだ。 山城先生に一目を置いている。 だから、強く言い返せない。 翔馬とジュンもノリノリで、「教えろ!」「ボクにも!」と、山城先生の後ろからちゃちゃを入れ始める。 雅樹は、顔を真っ赤にしてふくれっ面。 それが精いっぱいの抵抗。 でも、そんな雅樹の顔は滅多に見れないので、僕は胸をキュンキュンさせながら黙ってチラ見。 雅樹は、僕に向かって、裏切りもの、という目で睨んでくるけど、気にしない、気にしない。 ふふふ。 僕が、雅樹を取り囲んで盛り上がる様子をほのぼの見ていると、僕の肩をポンと叩く人物があった。 振り返ると、拓海さんだった。 拓海さんは、言った。 「良かったな、めぐむ。式を挙げれて」 「はい! 拓海さん。拓海さんのお陰です!」 僕は、うすうす感じていたことを拓海さんにぶつけてみた。 そうなのだ。 拓海さんが、なぜ雅樹と僕に代役を任せたのか。 このチャンスをくれたのは、拓海さんじゃないのかなって。 拓海さんはとぼけ顔で言った。 「えっ? 俺、何かしたか?」 「はい! しました。こんな素晴らしい場を設けていただきました」 「ははは。たまたまだろ?」 しらばっくれる拓海さん。 僕は、雅樹が最初に拓海さんの話をしてくれた時のことを思い出していた。 陰で見守り、応援して、困ったら手を差し伸べる、カッコいい兄貴。 まさしく拓海さんそのもの。 だから、きっと拓海さんは、そうだ、とは言わない。 でも、間違いないよね。 僕は、拓海さんに小さく、ありがとうございました、と囁いた。 でも、拓海さんは聞こえない振りをして、別の事を言った。 「なぁ、めぐむ。みんな、祝福してくれて良かったな」 「ええ。僕達の気持ちが、ちゃんとみんなに伝わっていて、すごく嬉しいんです。今でも嘘みたいで……」 僕が素直にそう言うと、拓海さんは首を振った。 「嘘なんて事はないさ。こうなったのは当たり前さ」 「えっ?」 「めぐむ。お前は、知らず知らずのうちに周りの人を幸せにしてきた。俺を含めてな。だから、ちゃんと最後は自分に返ってくる。今がその時。今度は周りの人がお前を幸せにしてくれるんだよ。俺はそう思っている」 僕は、拓海さんのその言葉を聞いて、ここじゃないどこかに意識が飛んでいく気がした。 そして、ずっとさっきから感じていた感覚に気付く。 胸の奥底に沸き立つあったかい物。 優しくて、嬉しくて、楽しくて、うまく表現できないわくわくする感じ。 それが、体中に広がっていき、指の先の先にまで満たされている。 今なら何でも出来る。 辛い事や悲しい事を全て打ち砕き、どんどん前に進んで行ける。 そんな力が全身にみなぎっている。 なんだろう? これ。 ああ、そうか。 これがみんながくれたもの。 きっと、そうだ。 その時、いつの間にか僕の目の前には、深い霧が立ちはだかった。 以前の僕なら成すすべなく、ただただ、目を閉じてしゃがみ込んでいただろう。 でも、今は違う。 僕は、大声で怒鳴りける。 男と男で何が悪い! 僕の声は辺りに響き渡り、霧はスッと消えていく。 そして、晴れ間が差す。 ふふふ。 そんなものでは、もう僕と雅樹の間を阻む事は出来ない。 ああ、こんな風に堂々と言えるようになるなんて。 ありがとう、みんな……。 気が付くと、じわっと涙が出ていた。 でも、僕は涙がこぼれないように必死にこらえた。 フラワーシャワーのシーンの撮影が始まった。 チャペルの扉を開くと、日の光が差し込む。 目がくらむ。 でも、すぐに色鮮やかな景色が、眼下いっぱいに広がった。 みんなの笑顔。 そして、おめでとう! の掛け声。 雅樹は、「いこうか、めぐむ」と僕の手を取り、ゆっくりと進み始める。 僕は、正面を見て、はっとした。 そして、すぐに笑みをこぼした。 向いの建物の屋根の上に、シロとクロ君の姿を発見したのだ。 仲よさそうにぴったりと寄り添っている。 シロは、口に手を添えて、僕に何かを伝えようとしている。 僕は、その口の動きを読み取る。 お・め・で・と・う………。 ああ、だめ。 また涙が……。 だめだ。泣いちゃ。 僕は、目を閉じて涙が溢れるのを我慢する。 スーハー。 深呼吸。 僕は青空を見上げた。 そして、ちゃんと笑顔を作り、手を振った。 ありがとう、シロ……僕はとっても幸せだよ。 シロのにっこりする笑顔が見えた。 本当に、ありがとう、シロ。 シロもお幸せに……。 フラワーシャワーの中を歩いていく。 僕は、歩きながら雅樹に話しかける。 「雅樹。僕は、雅樹と幸せになりたい!」 「めぐむ。俺もだ。幸せにするからな!」 ヒラヒラと花びらが舞う階段をゆっくりと下っていく。 同時に、両サイドから拍手が贈られる。 「ねぇ、雅樹」 「なに?」 「僕は、今とっても、雅樹のことが好きだって伝えたい。どうしたら伝わる?」 「あはは。そんなのわかっているよ。でも、そうだな……」 雅樹は、少し僕に顔を近づけて耳元でささやいた。 「今日のドレス姿のままで、エッチかな」 「バカ! こんな時に何言っているの! でも、雅樹らしい。ふふふ」 僕は、可笑しくて口元を手で抑え、立ち止まった。 雅樹は、僕の両肩に優しく手を置いて言った。 「そのめぐむの笑顔が俺には一番のご褒美なんだ」 「うん。これが僕達らしいよね。雅樹、大好き!」 「めぐむ、一緒に幸せになろうぜ!」 僕達は額をくっつけて、満面の笑みで微笑んだ。 僕はブーケをポーンっと空高く投げた。 それが、僕達二人の出発の合図。 僕と雅樹は互いの手をギュッと固く握り、舞い散る花びらの中を前へ前へと歩きだした。 ※おわり *後書き 読んで頂き誠に有り難うございます。 これにて、「めぐむ君の告白」の連載はすべて完了となります。 この長い話を最後まで読んでいただきまして、本当にありがとうござました。 皆さまの支えがあってこそ物語が完結できたと思っています。 大きな励みと元気をいただきました。 ありがとうございました。 // シラカワ ヒビキ

ともだちにシェアしよう!