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scene01-03

「!」  驚きのあまり、ただ目を見開くことしかできない。  大樹が自分にキスをしている――事実を飲み込む前に彼は離れていった。 「………………」  二人の視線がぶつかる。大樹は明らかに「しまった」といったような表情を浮かべて、手で口元を押さえていた。かと思えば、踵を返して立ち去っていく。去り際、その口が「悪い」と小さく動いたような気がした。 (な、なんだってんだよう)  誠はというと、その場から一歩も動けず、呆然と大樹の背を見送ることしかできなかった。わけもわからず胸が激しく波打ち、動悸を押さえるようにコートの上からぎゅっと手で押さえる。  そんな誠の頬を冷たい風が撫でていった。校舎を出たときは身を震わせていたのに、何故だか今は顔が熱くて仕方がなかった。     ◇ 「ねみぃ……」  けたたましく鳴る目覚まし時計を止めて、ベッドから上体を起こす。昨夜はどうにもこうにも眠れなかった。 (いや、あんなことされて眠れる方がおかしい!)  あのキス事件後、大樹とLINEでメッセージのやり取りをしたのだが、彼曰く『冗談だった。あまりにもマヌケ面してたから』ということらしい。  それに対し『な~んだ冗談か! じゃあノーカンだな!』と返事をしたのはいいが、やはり腑に落ちない。  大樹が冗談であのような行為に走るとは思えないし、去り際のばつの悪そうな顔が忘れられなかった。  指先で口元をそっとなぞると、柔らかな感触が残っている。気持ち悪さはなかったが、思い出すと居たたまれない気持ちになる。誰かと唇を重ねたのは初めてだった。 (恋とかしたことねーからアレだけど……き、キスって、普通に考えたら好きなヤツにするものだよな? この考えおかしくないよな?)  胸に深く突き刺さった彼の言葉はフェイクで、本当は好意を寄せているから世話を焼いてくれていたと自惚れてもいいのだろうか。  だとしたら純粋に嬉しい。自分と同じように特別な存在だと思ってくれていたのだから。 (だけどアイツと俺じゃ、この“特別”って形が違ったりすんのかな)  男子校では異性に縁がなさすぎるせいか、同性同士で恋愛がらみの付き合いをする生徒が多少なりともいる。  隠れて手を繋いだり、キスをしたりといった現場を目撃したこともあるし、誠も告白されたことが一度だけあった。  身長が平均より低く童顔――文化祭で女装をしたこともあったくらいだ――とはいえ、そのような対象になるとは思わず、動揺したのをはっきりと覚えている。  告白されたのはちょうど去年の今頃で、相手は卒業を控えた見知らぬ先輩だった。  言うまでもなく頭を下げて丁重に断ったのだが、今回はどうだろう。熟考するも思考回路が追いつかない。  幼馴染の親友としか思ってこなかった相手とそんな関係にだなんて、と真っ先に出てきた考えに首を傾げる。 (いや、そうじゃないだろ。幼馴染どうこうじゃなくて、そもそも男同士だっての。あのときも、男とかあり得ないと思ったから告白断ったんじゃん)  どうにも混乱しているらしく、思考がグチャグチャだった。誰かに論理立てて説明してほしいくらいだ。 (もし大樹がそんなふうに考えているなら断ろう。友達としては大好きだけど、お前とはそういった関係になれないって)  傷つけることになるだろうが、彼はヤワな人間ではないし受け入れてくれるはずだ。  気を引き締めるかのように握りこぶしを作って立ち上がる。つい時間を使ってしまったが、今日も登校日だ。  とりあえず、顔を洗おうとドアに手を伸ばして――そこでギクッと体が強張った。  ドアが自然と開いて、そびえ立つように大きな壁がぬっと現れたからだ。 「なんだ、起きてたのか」壁だと思ったものは大樹だった。 「お、おー! おはよっ!」 「おはよう。起きてるなら、さっさと飯食いに来いよ」 「え……アッハイ、すみません」  見るからに昨日のことなどなかったような様子で、逆に動揺してしまう。 (ええーっ、めっちゃ普通じゃん! 俺がヘンに意識してるだけ!?)  再び頭を抱えていると、大樹は体を反転させる。 「今日は先行くから。くれぐれも遅刻するなよ」 「あっ、待って! 俺さ――」  咄嗟に声をかけた。友達としては大好きだけど、と先ほどまで考えていたことを伝えようと思ったのだ。 「あの、さ……大樹……」  こちらを振り向く大樹と視線が合う。  反射的に目を逸らしたところで、うっかり口元を見てしまった。心臓がドクンッと大きく脈打つ。 「………………」 「誠?」  つい押し黙ってしまって、怪訝な顔をされる。やむを得ず、当たり障りのない言葉をいくつか交わして、適当にやり過ごすほかなかった。  身支度を終えると、大樹が用意してくれた朝食を一人で口にする。いつも幸せを感じる至福のひと時。そのはずなのに、都合のいい頭が機能していないのか、ちっとも幸せに感じられなかった。  その後も大樹と顔を合わせるたび、自分の思いを伝えようとするのだが、うまく言葉にできない誠がいたのだった。

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