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scene01-04

    ◇ 「ふがああああ~ッ!」  枕に顔を埋めながら心のままに叫ぶ。夕食を食べ、入浴を済ませても、誠の心は一向にすっきりしなかった。  大樹は前生徒会長としての仕事が忙しいとのことで、ここ数日は学校で会う機会――二年生まで同じクラスだったが、今は別のクラスだ――もなければ、家で食事をともにすることもなかった。  ギスギスとした雰囲気がこんなにも長引くなんて、今までなかった気がする。喧嘩も度々したが、いつも先に謝ってくるのは大樹の方だった。ところが今回は……、 「ちぇっ、ホント何なんだよ」  自室のカーテンを開ける。窓から大樹の住んでいるアパートが見えるのだが、彼の部屋に明かりが点いていることを確認したら、妙に腹立たしさが押し寄せてきた。 (クソッ! マジでムカついてきた! もうやってられっか!)  とうとう癇癪玉が破裂した。コートも羽織らず部屋を出るや否や、「大樹の家行ってくる」とだけ言って家を飛び出す。  そのままの勢いで向かいのアパートに駆けつけると、大樹の部屋のチャイムを押した。  すぐに中から足音が聞こえきてドアが開く。顔を覗かせた大樹は、スウェット姿の誠を見てぎょっとした。 「なんだその恰好……とりあえず早く入れよ。寒いだろ」 「……ん」  ドアのチェーンが外されるなり、肩を怒らせてずかずかと玄関に上がり込んでやった。  大樹の家は2DKの古いアパートだ。彼が自室として使用している部屋に向かい、我が物顔でベッドに腰を落ち着ける。 「なんか飲む?」大樹はいたって普通に訊いてきた。 「いらない。それよりも大樹、ちゃんとケンカしよう」 「は?」  大樹が眉をひそめ、誠はなおさら苛立ちを覚える。 「んだよ、なんでそんなに平然としてるワケ!? こっちばっかモヤモヤ考えてて、バカみてーじゃん!」 「おい、そんな藪から棒に……」  大樹の表情が険しくなった。が、勢いづいたものは止められない。 「何もなかったことにすんなら、もっとうまくやれよ! 気になってしょーがねえだろ!」 「……落ち着けよ、誠」 「それとも、俺がキス一つで騒ぎすぎなの!? 大体、お前さ――!」 「近所迷惑だ! バカ犬ッ!」  明らかに怒気と苛立ちを含んだ声だった。  大樹がここまで感情を剥き出しにするのは珍しい。誠の中で今まで感じていた憤りが、すっと失せていく。 「ご、ごめん」  気抜けしたように謝ると、二人の間に気まずい沈黙が訪れる。  先に静寂を破ったのは大樹だった。彼は深く息を吐いてから、重々しげに口を開く。 「平然としていられるわけないだろ」呟きにも似た小さな声だった。「俺だって気持ちの整理ついてないし。どうすればいいか……わからないんだ」 「大樹?」 「……悪かった。本当は、あんなことするつもりなかったんだ。衝動に突き動かされてだなんて最悪だ」  彼の姿は苦悩に満ちていた。きゅっと唇を噛み締めて、何かに耐えているようだった。 (こんな大樹、初めてだ)  見ているこちらまで胸が苦しくなるのを感じ、声をかけたいと思ったものの、どれもこれもが喉元につっかえて届かない。  黙っていると、大樹は隣に座ってきて、 「俺は、誠のことが好きなんだ……昔から、ずっとずっと好きだった」  絞り出すような声で言う。そうだろうと予想はしていたので、何の衝撃もなかった。  だが、予想が確信に変わった瞬間、今まで感じたことのない感覚が芽生えるのを感じた。胸がぎゅうっと強く締めつけられて、息苦しくて仕方ない。 「どうして言ってくれなかったんだよ」  感情の揺れを誤魔化すように問いかければ、わずかの間を置いて答えが返ってくる。 「言えないに決まってる。だって男だぞ? しかも、長年親友として付き合ってきたヤツとか……普通に考えて気持ち悪いだろ」 「いや……気持ち悪いとか、ねーし」 「四六時中、バカみたいにお前のことばかり考えていても?」 「え?」 「少しでも一緒にいたくて、自分だけに甘えさせたくて――お前の中で俺が一番であり続けるように、って世話焼いては必死で繋ぎ止めてたんだよ」  自嘲するように大樹は笑った。 「そんな、別にっ」  ぶんぶんと首を横に振って否定する。むしろ、特別扱いが嬉しいと感じていた。  しかし、口にしたら変に期待を持たせて、彼をより傷つけることになりかねない。  この告白は断らなくてはならないのだから。だというのに、今の段階になっても言えそうになかった。 (言いたくない)  ふっと湧いて出た言葉を、己の中で繰り返してから納得した。言えないのではなく、言いたくないのだ。  相手に対する申し訳なさがあるから、といった理由ではない。もっとシンプルな――、 (もしかして俺、本当は自分でも知らないうちに……)  顔が熱くなっていくのを感じる。緊張で手が汗ばみ、胸の鼓動も激しくてどうにかなってしまいそうだった。  けれども、ここで逃げ出すわけにはいかない。気後れする心を必死に奮い立たせる。  やがて覚悟を決めると、大樹の横顔をしっかりと見つめながら言った。 「俺も大樹のことが好きって言ったら……どうする?」

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