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scene03-06
◇
翌朝、ズキズキという頭の痛みで目が覚めた。
眉間を指で押さえつつ上体を起こし、ベッドの上で思い切り伸びをする。と、遅れてハッと周囲を見渡した。
「獅々戸さん、おはようございます。朝はパンでいいですか?」
「っ!」
声を聞いた途端、玲央は布団を引き寄せて身構える。
いつもの朝を迎えようとしていたが、ここは自宅ではない。終電を逃した自分は、後輩である藤沢雅の部屋に泊めてもらい、そして……、
「なっ、ななっ! 何なんだよ、お前はあぁッ!?」
昨夜の出来事を思い出して叫ぶと、雅は苦笑した。
「あー、ははは……やっぱり覚えてますよね」
「ざけんじゃねえよ、このクソったれ! なに、まさかそっち系だったワケ!? 下心とかあって泊めて――」
「違います! 獅々戸さんが初めてです! というか、もともとはこんなつもりじゃなくて……す、すみません、自制心がっ」
「はあ!? ……ンだよそれ」
「………………」
雅は少し困ったように目を泳がせる。その顔はほのかに赤らんでいた。
やがて、意を決したように口を開くと、
「獅々戸さんが好きです」
静かに告げられる驚愕の事実。状況からして、恋愛対象としてだろう。
同性から告白を受けるのは初めてで、目を丸くして呆けていたら、そっと手を取られた。
「俺なら、あなたの心の隙間を埋められます」
「……っ」
やんわりと手を撫でられて昨日の感覚が蘇ってくる。勢いよく手を払いのけて、きつく相手の顔を睨みつけてやった。
「俺にそういった趣味はねーし、期待されても困る」
「あなたを想うのは、いけないことですか?」
「は? なんだよ、その言い方は?」
「……同性にこんな感情を抱くのは、一般的でないことくらい理解してます。だから押し付けませんし、気持ちが返ってこなくてもいいです」
「意味わかんねえし……」
自身がどうかは別として、別に同性愛に偏見を持っているわけではない。
それはこの際さておき、自分と相反する考えに苛立った。
(気に食わねえな)
心理学を専攻しているせいで、どうにもそういった分野と結び付けて考えてしまう。
彼の感情は《愛他的な愛》――相手の利益だけを考え、相手のために自身を犠牲にすることもいとわない愛――だろう。
けれど思うのだ。本当にそんなものが存在するのかと。
恋愛感情というものは、どうしようもないエゴイズムの塊で、醜く浅ましい感情だということを日々思い知らされている。
恋愛において愛他的な感情なんて続きっこない。いずれ身を亡ぼすだけだ。
「大体、俺のどこがそんなにいいんだっての……そこまでする価値あるか?」
訊くと、すぐに答えが返ってきた。
「いろいろありますが、一番は格好いいところです」
「は? どうして、まだそんなこと言えんだよ? 昨夜の愚痴とかヤベエだろ」
「やっぱりこの人はすごく格好いい人だ、って惚れなおしましたよ」
「いや、なに言って」
「人前では弱みを見せないように全部押し殺して、意地張って、格好つけて。男ってそういうものじゃないですか」
雅はそこで言葉を切って、真っ直ぐに見つめてくる。
「そういった点で、あなたはすごく男らしくて格好いいと思いますし――同じ男として純粋に憧れます」
思いの丈を打ち明ける姿に、心臓が激しく脈を打った。
気づけば、先ほどまでのささくれた感情がすっと消え失せている。あるのは動揺と、それから……、
(なんで“あのとき”みたいな感覚味わってんだよ)
――初めて恋に落ちた瞬間に味わった衝撃。
彼の言葉は、あのときの言葉以上に胸に響いていた。こんな情けない自分を受け入れて、「格好いい」と言ってくれる相手なんて、今まで会ったことがなかった。
「獅々戸さんのこと、支えさせてくれませんか?」
澄んだ穏やかな瞳が、玲央のことを捉えて離さない。
感情の不安定さが影響を与え、ほだされるように身も心も委ねたい劣情がほとばしる。
(バカ、俺ってヤツはなに考えて……)
頭を振って冷静さを取り戻す。普通に考えたらあり得ない話だった。
「昨夜のことは全部忘れてやる。もうこの話は終わりにしろ」
相手の顔を見ることなく告げ、「後輩じゃなきゃ殴ってるところだ」と付け足す。
そのときの彼が何を思ったかはわからなかったが、次に会話を交わしたときには、いつもどおりの物腰穏やかな後輩の顔をしていた。
◇
玲央はあれ以来、藤沢雅とは大した会話もせず、映像編集に追われる日々を送っていた。
(クソ、今日も日差しキツいな)
お盆も終わって八月も後半に入ったとはいえ、何ら変わりなく日差しが厳しい。再びスーツに身を包んだ玲央は、そっと汗をぬぐう。
今日はリテイクの撮影日だった。キャンパス内のグラウンド脇で部員たちがせっせと準備を整え、リハーサル後すぐ撮影に入る。
「本番!」と監督。
「カメラ回りました!」カメラマンが合図を出した。
「シーン6─4─3、よーいハイ!」監督の声とともに、助監督がカチンコを鳴らす。
そんな一連の流れを合図に、玲央は《アツシ》として役に入った。
『俺は足を洗ったんだ。アンタとは住む世界が違う』
アツシ(玲央)の台詞に続けて、組員役の男が返す。
『新宿の獅子小僧も聞いて呆れるぜ。小僧よく聞け、今の組は……』
『おいっ、カタギにするような話じゃねえだろ! いい加減、に――』
予期せぬところで詰まってしまった。監督の「カット!」という声が響いて、カチンコが“二度打ち”される。
このようなNGは、玲央にしては珍しいことだった。
原因は考えなくとも察している。いつもは意識“外”にある存在が、意識“内”に入ってきたからだろう。
カメラマンの方をちらりと見やると、今日も雅が担当していた。
(ああもう、気になって仕方ねえっ!)
再びカメラが回されて演技をするも、まったく身が入らなかった。
カメラ越しに見られていると考えるだけで、胸の鼓動が速くなって、手に汗をかいてしまうのだ。
「ちょっとアツシ、休憩いれて! 次は組長のシーンね!」
監督の岡嶋は、見かねて指示を飛ばすのだった。
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