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intermission 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(EX1)
「すげえウマい……こんなウマいカレー食ったの初めてなんだけど!」
玲央がスプーンを口に運びながら言うと、朗らかな笑い声がした。
「あははっ、獅々戸さんに喜んでもらえてよかったです」
嬉しそうに言葉を返してくるのは、藤沢雅だ。
玲央に対して特別な好意を寄せてくる男で、貞操を奪われたのはつい先ほどの話である。
急遽そのまま彼の部屋に泊まることになり、夕食時には手料理が振る舞われたのだが、こうして普通に食事をしていることが信じられなかった。
(俺、コイツにヤられちまったんだよな)
視線が合うとなんとなく気まずさを感じたので、食事の方に集中することにした。
雅が用意してくれたのはキーマカレーで、玉ねぎ、トマト、ナス、ピーマン、ズッキーニ……といった、彩りのいい夏野菜がたっぷり入ったものだった。
辛いものが苦手な玲央を気遣ってか――食べられないものを事前に訊かれていた――、辛さが抑えられていて非常に食べやすい。まろやかなコクと、野菜の甘みが強く感じられてなんとも美味だ。
「ん、マジでウマいな。おかわりしてもいい?」
「どうぞ、たくさん作ったので。そんなにお気に召しましたか?」
「まあな。そもそもカレー好きだし」
どうしても夏場は食欲が落ちてしまうのだが、このキーマカレーは味が濃いのにも関わらずさっぱりしていて、いくらでも食べられそうだった。
おかわりを皿によそってテーブルに戻ると、雅が話を振ってくる。
「カレー以外だと、なにが好きですか?」
「んー? ガキくさいけど……ハンバーグとかラーメン、あと甘いものとか」
「あ、わかります。そのあたりは定番ですよね」
「だよな」
大体の男はそうだろうな、と頷いた。
「ちなみに、甘いものだとなにが?」
さらに踏み込まれる。どうやら少しでも会話を膨らませて、こちらのことを知りたいらしい。
「全般的に好きだけど、最近はタピオカとかチーズティーにハマってる」
「へえ、実はタピオカとかって飲んだことないんですよね。インスタ映えだなんて聞きますけど、実際美味しいんですか?」
「あー、ぶっちゃけ店によるな。ウマいとこはウマいし、ビミョーなとこはビミョーって感じ。飲んだことねーなら、今度連れてってやろうか?」
「本当ですか!?」
ぱあっと笑顔を咲かせて、雅が食いついてきた。あまりにも目を輝かせているものだから、少し戸惑いを覚える。
「そこまで喜ばんでも……女子かテメェは」
「だって、デートじゃないですか」
その言葉を耳にした瞬間、口に含んだ麦茶を吹き出しそうになった。
「で、ででっ、でぇとだあ!?」
「違うんですか?」
前のめりになってイタズラっぽく見つめられれば、何も言えなくなってしまう。それどころか、視線を合わせるのさえままならない。
何故、こうも意識してしまっているのだろう。胸がドキドキして、先日まで先輩ぶって接していたのが嘘のようだ。
「べっ、別に……そんなの呼称上の問題っつーか、関係ねーだろ」
意図せず、ツンとした態度を取ってしまう。
突き放したいといった意志は皆無なのだが、どうにもこうにも、甘ったるい雰囲気がこそばゆくて耐えられない。
「えへへ。じゃあ、俺はデートということにしておきますね」
にも関わらず、この後輩は笑って返してくるのだから不思議でしかない。
また、自分も自分だ。彼に微笑まれるだけで目が泳いでしまうのはいかがなものか。
「チッ、好きにしろよ」
(クソ、ムカつくッ! マジで嬉しそうな顔しやがって! けど、一番ムカつくのはこんなことで動揺しちまう俺様だ!)
ムシャクシャして、がっつくようにカレーを口に運ぶと、目を細めて雅が見つめてきた。
人が食事しているところなんて、見ていても面白くもなんともないだろうに――などと思いつつ、顔がじんわりと熱くなっていく。
(コイツのこと全然理解できねえ。でも、とりあえず、このカレーの味に免じて少しだけ歩み寄ってやろうだとか……思わないこともない)
「……つーか、LINE教えて。連絡先知らないの不便だし」
気まぐれのちょっとした提案でも、雅は顔を綻ばせた。満更でもない気分になっている自分に気づき、またもや複雑になる。
玲央は緩みかけた表情を慌てて引き締めて、忙しなくカレーを口に運ぶのだった。
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