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scene03-11
(《今いる場所がわからないと自覚したとき、道探しが始まる》――野郎に犯された俺様の明日は一体……)
映画『マイティ・ソー』の台詞をなぞって、人知れずため息をつく。
ほだされるままに体を重ねてしまったが、シャワーを浴びると、一気に冷静な思考力が戻ってきて頭を抱えた。
さらにベッドに横になれば、シーツに二人の体液と思われる染みができていることに気づき、余計にしおしおと項垂れるのだった。
「体、大丈夫ですか?」
雅が心配そうに声をかけてくる。張本人のくせに何を言っているのかとムッときた。
「ああッ!? 痛ぇに決まってンだろーが、この野郎ッ! 帰るのだりィし、今日はもう泊まってくかんな!」
「す、すみません。ベッド使っていいんでっ」
(「そんなの当たり前だ!」なんて、言いたいところだけど……)
謝り癖があるのか、自分が極端に謝らせているのか。どちらとも判別がつかないが、何度も謝られていると調子が狂う。
「別に謝ってほしいワケじゃねーよ。お、思ったより悪くなかったし」
「あの、それはつまりよかったということで?」
「ンなコト、誰も言ってねーだろ! つーか、ケツも腰も痛ぇし次は加減しろっ。あと自制ってモンを……」
「えっ、次もいいんですか?」
調子が狂うのは、彼が謝っても謝らなくても関係ないらしい。
(いつの間にか、コイツのペースになってるのがムカつく!)
嬉しそうな表情を見せられては「いいよ」と頷くしかない。どういうことだか聞き入れてやりたくなるし、そもそも言い出したのは自分だ。
と、ふと疑問が浮かび上がってくる。
「つーかさ。こんなことまでして、俺たちってどんな関係になるんだ?」
雅は逡巡して言いにくそうに、
「一般的には《セフレ》に――」
そのワードが出た途端、傍らにあった枕を顔面目がけて投げつけてやった。
「人の貞操奪っといて不純極まりないこと言うな! このエセ草食系ッ!」
「いや、俺もこんな言葉使うの初めてですけど……獅々戸さんって、見かけによらず誠実ですよね」
「うっせーな! 思ってたのと違うってよく幻滅されるわ!」
「あははっ。獅々戸さんのそういったところ、俺は好きですよ」
ふわりと笑われてどぎまぎしつつも、寝返りを打ってそっぽを向く。
「とっ、とにかくそんな言葉は使うな!」
確かにそういった関係になるのかもしれないが、言葉の持つネガティブなイメージが生理的に受け付けないし、彼とはきちんと向き合いたい気がする。
しかし、どんな関係だったらいいのだろうか、もしくはどんな関係になりたいのか――少し考えて保留することにした。結論を出すのは、まだ早いように思えたのだった。
◇
後日。ついに映研制作の映画が完成して、作品鑑賞会が行われた。
時間と労力を費やし、一人ではなく他人と協力して、一つの作品を作りあげたときの達成感といったらもう最高だ。玲央は鑑賞会を迎えるたびに思う。
評価されるかどうかはまた別として、自分たちにとっては、この作品が何よりも愛おしく感じられるのだ。
(よく撮れてんじゃん)
スクリーンに映る自分の姿を見て、静かに関心する。
役者としてカメラにどう映るかは意識しているつもりだが、実際どのように映像に残すかは、結局のところカメラマンの腕次第だ。
「………………」
雅の顔を盗み見ると、彼は嬉しそうに微笑みを浮かべていた。
その横顔を見るだけでトクントクンと心臓が高鳴り、自分では説明のつかない感情が胸の奥底から込み上げてくる。日に日に彼の存在が、自分の中で大きくなっている気がしてならなかった。
(いや、まだ恋愛感情とかじゃなくて……好きになってくれた相手を簡単に好きになるとか、ガキかよって話だし)
けれども、彼が特別なのは確かだ。告白を受けて付き合ったことは今までにもあったが、このような感情を抱いたのは初めてだった。
恋愛はしようと思ってできるものではないし、気づいたら落ちているものだと思う。
彼のことだって、心から好きだと言える日がそのうち来るのではないだろうか。
もし、心の整理がついたらそのときは、
(いやいやいや! 俺、マジで一線越えようとするつもりか!?)
特にこれといって偏見はないし、今のご時世に、男だの女だのと線引きするのもどうかと思う。ただ、当事者ともなれば話は別だ。
体を許してしまった時点でどうにかしているのだが、そんな簡単に同性と付き合えるわけがない。
(クソッ……なんでこんなにアイツのことで、頭悩ませなきゃなんねーンだよっ!)
ややあって視線に気づいたのか、雅が笑いかけてきた。
玲央はあからさまに目を逸らす。心の整理は、しばらくつきそうになかった。
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