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    ◇  それは二人が高校一年生になったばかりの頃で、定期考査期間中のことだった。 「テスト期間は部活停止だ、このバカ犬」  試験を終えて足早に教室を出た誠のあとを追うと、彼は体育館でバスケットボールを抱えていた。どう考えても、自主練習をしようとしていたのは明白だった。 「バレなきゃ、へーきへーきっ!」 「すでに俺にバレてるだろ。明日も試験あるんだから、早く帰って勉強しろよ」 「うぐっ……ちょ、ちょっとだけ! 体鈍っちゃうし!」 「………………」  聞く耳持たず、誠がシュート練習を勝手に始める。  大樹は仕方なく黙って見守った。あれこれ考え、しばらく好きにさせてから、一緒に帰ることにしたのだった。 「にしてもデカくなったよな。俺だってカルシウムとって、ちゃんと寝てんのにさ」 「?」  唐突な誠の言葉に、遅れて自分の話をされていることに気づく。視線をずっとゴールに向けているものだから、何の話かすぐにわからなかった。  確かに大樹の身長は中学から高校にかけて、ぐんと伸びた。逆に誠の方は著しく、バスケットボール部に入っていることもあって、ひどく気にしているようだった。  身長の低さは大きなハンディキャップに違いない。実際、彼は中学三年間、一度も試合に出られなかった。  体作りもしているようだし、平面プレーの技術とスピードなら周囲に引けを取らないだろう。それに加えて状況判断力もある。しかし、いざという場面では、どうにもならない体格ゆえのもどかしさがあった。 (それでも腐らず、高校でもバスケ続けるって言うんだから……お前はすごいよ)  決して嫌みなどではなく、純粋に思う。  先輩や監督には「三年間棒に振るつもりか」と忠告されたらしいが、誠は笑顔でこう言ってきたのだ。「どうにもならないことがあっても、それでもやるっきゃないじゃん! 好きなんだからさ!」と。  そんな誠が、日々の自主練習を怠らないことを知っている。朝も晩も食事を用意して、応援していたのだから当然だった。 「あーあ、ダンクとかしてみたいなあ」  誠が独り言のようにぽつりと呟く。  それを聞いて、何気なく疑問が浮かんだ。 「漫画じゃないんだし、高校生でダンクできるヤツいるのか?」 「うーん。俺が知らないだけで、できるヤツはできるんじゃね? あっ、そうだ!」  何か思いついた様子で、誠は隅に置いてあったエナメルバッグの方へ向かう。  そして、バッグの中からスマートフォンを取り出し、パパッと操作してから画面を見せてきた。表示されていたのはストリーミング動画だった。 「なんの動画だ?」 「Bリーグオールスターで、俺と同じくらいの選手がダンク決めたヤツ!」  誠が再生ボタンをタップする。低身長の選手が、ゴール下にいた選手に抱え上げてもらい――誠の言葉どおり、ダンクシュートを決めた。 「これなら、俺にもできるんじゃね!?」  誠は輝かしい瞳を向けてくる。察するに、これを一緒にやってほしいということだろう。 「さすがに届かないし、プロで活躍してるような選手と一緒にするなよ。大体、怪我したら元も子もないだろ」 「アッハイ……ごもっともです」  先ほどの表情とは打って変わって、誠がしゅんと項垂れる。  その様子にため息を一つしてから、フォローを入れてやることにした。 「毎日、シュートとかドリブルの練習してるんだろ? 自分が自信もってやれることがあった方が、よっぽどいいと思うけど?」  小さな頭をぽんぽんと叩きながら言う。すると、誠は眩しい笑顔を返してくるのだった。 「そっか、そうだよな。大樹の言うコトはいつも正しいなっ」 (本当に単純だ)  正直ムカつくことや呆れることもあるが、彼の真っ直ぐなところが愛おしいのだと強く思う。また、それを隣で見ていられることに幸せを感じていた。 (とはいえ、あまり触っているのもおかしいよな)  もっと彼に触れていたいという気持ちを抑え、静かに手を引っ込める。こんな自制がいつまでできるだろう。  少し暗い気分になって考えていると、誠が駆け出してゴールから距離を取った。 「最後にもう一本シュート決めるから見てて! コレ決めたら帰るから!」  宣言してから、しなやかに膝を曲げてシュートフォームに入る。  ジャンプするのと同時にボールを押し出し、綺麗な高いアーチでアウトサイドシュートを決めた。 「よっしゃ、一発で入った! すっげーいいカンジだったよな、リングの真上からスーって! なあ、見てた見てたっ?」 「ああ、見てたよ」  ボールが入る瞬間より誠のことを見てた、なんて知ったら怒るのだろうな――と思いつつ微笑んだのだった。     ◇ 「はい、お前らの負け! そろそろ花火も始まるんだから大人しくしてろよ~?」  その声に、大樹は我に返る。  いつの間にか、少年たちとの決着がついていたらしい。誠からボールを返された彼は、渋々といったふうに騒ぎ立てなくなった。 「あー、楽しかった! ゴム製のボール触ったの久しぶり!」  誠がこちらへ戻ってくる。  その考えなしの頭を、大樹は指先でツンツンと突いてやった。 「バカ、注意する側が遊んでどうすんだ」 「え? しょうがねーじゃん、バスケ好きなんだし。頭ごなしに言うよりスマートだろ?」 「同意を求められても困る」  素っ気なく返しつつも、先ほど思い返していた記憶の残滓に笑みが零れそうになる。  あのあとすぐとはいかなかったが、誠はレギュラー入りを果たし、三年生の頃には念願のスターティングメンバーに昇格したのだった。  それが自分のことのように嬉しくて誇らしかった。今もあの感情をはっきり覚えている。 (どうにもならないことがあっても、それでも……か)  誠が口にした言葉を、胸の内で反芻する。  現実問題として考えれば、二人の関係だってどうにもならないことだらけだ。ただ、もうこの想いは止められない。 (俺も努力したい。これから先も、コイツが隣で笑っていられるように)  明るい声が聞こえてきたと思えば、パアンと大きな音がして大輪の花々が暗闇を彩る。それを尻目に、そっと手と手を重ねたのだった。

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