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scene05-01 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(2)

 獅々戸玲央の通うK大学では、毎年十一月に学園祭が開催される。  映画研究会はその年に制作した短編映画を上映するのが、恒例の出し物だった。 「あー、死にてえ。なんで俺様がこんな目に……」  学園祭当日。玲央はこの世の終わりのような顔をして、自己を見失っていた。  現在着用しているのは、ミニ丈の黒いワンピースにフリルのエプロン――いわゆる《メイド服》。さらに、カチューシャとニーハイソックスまで用意されたフルセットである。ワンピースとソックス以外は白で統一され、純真な雰囲気に満ちていた。 「この丈はヤバいだろ……なんかスースーするし」  脚部が常時外気に触れている感覚が、落ち着かないことこの上ない。  華奢なのは自覚しているが、何たる醜態だろうか。近頃、男としての体裁が損なわれている気がしてならなかった。  そもそも、どうしてこのような事態になってしまったのか。端的に言うと、すべて部長の岡嶋由香里のせいである。 「いいわ、獅々戸くん! すごくいい! 似合ってるじゃないの!」  持ち場の教室に戻ると、彼女は玲央の姿を見て一番に歓喜の声をあげた。  屈辱にもほどがある。ひどく惨めな気持ちで、玲央は口を開いた。 「あのなあ部長さんよォ。客寄せって、去年までは映画の衣装だったろ?」 「いや、そこは部長権限っていうか? 客寄せって目立ってナンボでしょ? 映画だってどうせなら大勢に見てもらいたいじゃないの」  そう、いわば今の玲央は《客寄せパンダ》――出し物の宣伝として駆り出されることになっていた。看板もチラシも当然用意してある。 「だからって、なんでメイド……ってか女装なんだよ! 大の男が気色悪いだろ!」  もちろん抵抗はしたが、岡嶋が無理矢理にでも着替えさせると迫ってきたのだ。実際にシャツを脱がされ、スキニーに手をかけられ……と、そこでつい観念してしまった。 「大丈夫ですよ、獅々戸さん! めちゃくちゃ似合ってますっ!」  こちらの気も知らないで、後輩の戌井誠がサムズアップをする。 「ほほ~お? ンだよ、ポチが代わってくれてもいいんだぞ~?」 「ええっ!?」  こんなものが似合うと言われて喜ぶような男ではない。睨みを利かせながら、じりじりと詰め寄った。  と、ここで岡嶋が間に入ってくる。 「はいはい、駄目! 助監は助監で忙しいので駄目でーす!」 「チッ」  舌打ちをしつつ周囲を見渡す。他の部員は遠巻きに見ていて、なんと声をかけていいものか悩んでいるだろうことがうかがえた。 (一番見られたくないヤツが、いないだけマシか)  友人以上恋人未満の――ただし性行為は何度かしている――藤沢雅のことだ。  彼は剣道部を兼部していて、そちらの出店があると事前に聞かされていた。  こうなったら鉢合わせしないよう、さっさと仕事を終えるしかない。そう考えてパンフレットで剣道部の出店場所を確認していたら、教室のドアがガチャリと開いた。 「お疲れ様です。何かお手伝いできることありますか?」  聞こえてきたのはちょうど雅の声で、ビクッと玲央の体が飛び上がる。 (ヤベェ!)  考えるより先に体が動いた。ひょいっと身軽に教卓を乗り越えて、影に隠れる。 「剣道部の方はいいの?」岡嶋が雅に訊いた。 「はい。シフトもずっと先ですし、こちらの方を手伝おうかと」 「あら、じゃあ活動記録としてカメラ回してくれる? 今から獅々戸くんを……って、獅々戸くんは?」  激しく心臓が早鐘を打って、嫌な汗がつうっと伝う。  どうにかならないかと思考を巡らせるも、何も思い浮かばず、そうこうしている間に周囲の視線が集まっていることに気づいた。  コツコツとヒールの足音が迫ってきたかと思うと、岡嶋が教卓の脇から顔を覗かせる。 「獅々戸く~ん? 観念しなさい? 男らしくないわよ~?」  ニヤリと笑う表情は悪魔のようで、どうやっても逆らえないと直感的に悟ってしまった。 (チクショウ! こうなったらどうにでもなれ!)  ほとんど自棄だ。勢いよく立ち上がって姿を晒す。かあっと顔が燃えるように熱を持ち、瞳も潤んでいるのが自分でもわかった。  せめて、そんな情けない顔だけは見られないようにと俯きつつも、何故だか雅の反応が気になってしまう。  視線を向ければ、雅は目を瞬かせながらこちらをじっと見ていた。 「可愛い……」 「マジトーンで言うのやめろ! ムカつくからッ!」  彼自身も意図しなかった自然な言葉だったのか、雅は「あっ」と声を漏らして口を手で押さえる。  その仕草がまた気に入らなくて、玲央は思い切り睨みつけてやった。 「えー、それで活動記録でしたっけ? 獅々戸さんのこと撮ればいいんですか?」  パッと目を逸らした雅が、岡嶋に確認する。 「そうそう、今から宣伝に行かせるから。いつも使ってるカメラは出払ってるんで、これ使ってくれる? 古いので悪いんだけど」  言って、岡嶋は型の古いビデオカメラを渡す。  雅はそれを受け取り、素早く準備を済ませると向き直った。 「獅々戸さんの準備ができたら行きましょうか。もう外は賑わってましたよ」 「わ、わーったよ」  ここまで来たら腹をくくるしかないだろう。すべては映画のためだと言い聞かせて、ぶっきらぼうに返事をするのだった。

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