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scene09-08
(そっか、いつの間にか日付変わってたんだ)
時刻を確認すれば深夜一時を過ぎていた。日付は五月四日――ちょうど、雅の誕生日だった。
(早々にメッセージ送ってくるなんてマメだなあ)
と、呑気に考えていたら、玲央が舌打ちする音が聞こえた。
「コラ、誕生日とか聞いてねえぞ? なんで桜木が知ってて、俺は知らないワケ?」
わなわなと震える玲央を見て、思わず「あっ」と声を漏らす。やらかしてしまった。
「桜木とは世間話というか、なんとなくそういった話になっただけで。獅々戸さんは……」
そこで口ごもる。最近の玲央はずいぶんと忙しそうにしていたし、祝ってほしいとばかりに自分から言うのもどうかと思ったのだ。
(それに、一緒に過ごせるだけで嬉しいし)
結局、何も言わずにデートの約束を取り付けてしまったのだが、まさかこのような事態になるとは思わなかった。というよりも、すっかり失念していた。
「すみません。話すタイミング……完全に逃しました」
「ああ!? プレゼントとか用意しそびれたじゃねーかよ!」
「そんなっ、もう獅々戸さんを貰ってます!」
「人を物みたいに言うんじゃねえ!」
「だけど、俺にとっては最高のプレゼントなんですよ?」
今度は玲央が言葉を詰まらせる。話はそれで終わりかと思ったら「だってさ」と続けた。
「恋人同士で迎える、初めての誕生日だし……なんか、してやりてーじゃん」
語尾がどんどん小さくなって、最後の方はうまく聞き取れなかったくらいだったが、しっかりと気持ちは伝わってきた。
幸福感でいっぱいになって、改めて体を寄せると速い鼓動が聞こえてくる。また、自分も同じで胸の高鳴りを抑えられずにいた。
「獅々戸さんの気持ちはわかりました。なら、一つだけいいですか?」
「なんだよ?」
「えっと、恋人同士になったことですし、下の名前で呼び合うことにしません?」
思い切って提案する。玲央は微妙な反応を返してきた。
「そーいやさっき、生意気にも“玲央さん”なんて呼んでやがったな」
「えっ、そうでしたか?」
まったく身に覚えがない。いつも思っているだけで、表には出していないつもりだった。
「ごめんなさい、完全に無意識でした。――玲央さん」
感情を込めるように意識して呼んでみる。
「……やっぱ生意気」
「駄目?」
「別にいいけどさ」
「なら、玲央さんも呼んで? 俺のこと“雅”って」
甘えるように言って、そっと体を起こしながら玲央の体に覆い被さった。肩に手を置いて正面を向かせると、見下ろすようにじっと見つめる。
わずかの間を置いて、玲央の口がゆっくりと動き、
「み、みやび……」
驚くほど小さく消え入りそうな声だったが、確かな響きをもって雅の鼓膜をくすぐった。
「はい、ありがとうございますっ」
「っ、二人きりのときだけだからな! あと、見下ろすな!」
玲央が体を押しのけるようにして起き上がる。
「――……」
かと思えば、顔を引き寄せられて、噛みつくように唇が押し当てられた。ほんのわずかな時間、キスだと気づく前に離れていく。
「誕生日おめでとう、雅。あとで改めて祝うから……今はこれで勘弁な」
その行為が、その言葉が、雅の心を強く打つ。思ってもみなかった不意打ちに、胸が喜びで満ち溢れた。
「ものすごく嬉しいです……」
「あー、そりゃよかったなっ。つーか、お前のコトもっと教えろよ。桜木に先越されたのムカつく」
「はいっ! 俺も、もっと玲央さんのことが知りたいです。体だけじゃなくて」
率直に言ったら、ごつんと玲央の拳が頭に飛んできた。
「いたッ!? ぼ、暴力反対です!」
「ンなこと言ったら、こっちはセクハラ反対じゃボケッ!」
「でも、今日の――よかったでしょ?」
先ほどのお返しとばかりに唇を重ねる。下唇をやんわりと甘噛みして、食むように柔らかさを味わった。
「んっ、ふ……」
ゆっくりと時間をかけてキスをすれば、玲央は上気した顔で、じれったそうに吐息を漏らす。その反応は、やはり煽情的なわけで……、
「ね、玲央さん。もう一回くらいしてもいいですか?」
「はあ!? しないって言ったよな!?」
「玲央さんは横になってるだけでいいので」
「バッ! 藤沢、てめっ!」
「藤沢じゃなくて雅ですよ、玲央さん」
雅が浮かれ気分で笑みを浮かべると、玲央は青ざめた。二人の夜はまだ終わらない。
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