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scene13-02

「はい、ホットココア」 「あ、ありがとうございますっ」  湯気の立つカップを受け取るなり、礼を言って隅の方に座る。ふうふうと息を吹きかけつつホットココアを飲んだ。  しかし、一息つくのも束の間。風間が隣に座ってきて、一気に緊張が走るのだった。 (だからなんで?)  ドキドキという胸の鼓動を感じつつ、目線を合わせぬようカップを傾ける。それに気づいているのか気づいてないのか、クスッという小さな笑い声とともに話しかけられた。 「やっぱり俺、戌井くんのこと好きだな」  必死に目を背けていたものの、実のところ予感はあった。ただ、あれから恋愛絡みの話には触れられなかったし、時間が解決してくれるものだと思っていたのだ。 (けど、そうじゃなかったんだ。キッパリ断らなくちゃ)  気づけば緊張で手が汗ばんでいる。動揺を誤魔化そうと、またホットココアを口にしてから静かに言った。 「付き合ってる相手がいる、って言ったじゃないですか」 「おかしいじゃん」 「え?」 「あのとき、男同士は……なんて言ってたのにどうして? それならそうかと諦めたけど、俺のことあまり知らないからって理由だったら、諦めつかないよ」  風間が顔を覗き込んでくる。目が合ってしまったせいか、じんわりと頬が火照る感じがした。 「ええっと」 「強引にでも迫れば、俺にもチャンスがあったのかと思うと……少し悔しいよね」  体が熱くて、うるさいくらいに心臓の音が鳴り響いている。きっと温かい飲み物を飲んだせいだ――自分に言い聞かせて答えを告げる。 「ち、違くって。そういうのじゃなくって、大樹は特別だから」  その声は、自分でも驚くほどに上擦っていた。 「じゃあ、もし彼より俺の方が特別な存在になったら? そのときは付き合ってくれる?」  風間の手が伸びてくる。そっと顎のラインをなぞられて、思わず体がびくついた。 「や、やめてくださいよ、こーゆーの」 「ふふ、ごめんごめん。――でもどうしたの? 顔真っ赤だよ?」 「え? あ、いや、こんなトコで寝たから風邪ひいたかなって。だから、あの、離れてください……うつしちゃったら、イヤだし」  自分でもおかしなことを言っていると思う。思考がまとまらず、ぼんやりとしていて、抵抗しなくてはと思うのに体に力が入らない。そして、己の体の異常に気づいたのだった。 (なんで……?)  下腹部が充血して熱を持っているのだ。ジーンズの生地に締めつけられているようで、苦しくて堪らない。  意識すればするほど、独特のむず痒さを感じ、身をよじれば小さく吐息が零れ出た。相手は同性の単なる先輩だというのに。 「体、辛そうだね? 送っていこうか?」 「ん、あっ」  腰に腕を回されながら囁かれれば、吐息が耳朶に触れてゾクリと妙な感覚が走った。  力の入らぬ手をなんとか動かして拒むも、やんわりと払われて敵わない。「嫌だ嫌だ」と頭の中で叫んでいるのに、鼓動はますます速くなるばかりだ。  まったくもって意味がわからない。思考と体の反応の不一致が気持ち悪くて、おかしくなりそうだった。 「いや、ですって。や、大樹じゃなきゃ……っ」  手の打ちようもなく、目をつぶったら涙が溢れた。カラカラに乾いた喉では声も大してあげられず、小さく「大樹じゃなきゃ」と何度も繰り返した。 (嫌だ! ちゃんと抵抗したいのに!)  と、そのときだった。突として風間の気配が離れたのは。  目を開けたら、大樹が風間の肩に手をかけている光景が目に映った。力ずくで引き剥がしたようで、風間の衣服が乱れている。 「痛ぅ……」  顔をほんの少しだけ歪める風間に、大樹が鋭い視線を向ける。 「殴らなかっただけマシでしょう。そんなことしてると、出るとこ出ますよ」 「失礼だな。戌井くんのこと、介抱してあげようと思っただけなんだけど?」 「なに言ってるんですか」 「本当だって。実際、体調悪そうだし」  気がつけば、他の部員も目を覚ましていて、何事かと様子をうかがっている。昨夜の疲れもあってか、誰もが眠たげで焦点が合っていないように思えた。  だとしても、今の姿を見られるなんて耐えられなくて、誠は身を隠すように前屈みになる。意識は朦朧としていたが、まだ理性は残っていた。 「誠?」  大樹が気遣うように肩に手を置いてくる。途端、誠の体は電流を食らったかのようにビクッと震え、風間がクスクスと笑った。 「可愛い。惜しいことしちゃったな」 「おい、誠」  首を傾げていた大樹だったが、やがて何か察したのか血相を変える。 「風間さん。コイツに何をしたんですか」 「何って、ちょっとしたイタズラ的な?」 「……話にならないな」  うんざりした様子で大樹が口にした。  誠が目をやれば「いいから行こう」とだけ返ってきて、大樹のトレンチコートを羽織らされる。その上から腕を回されて部屋を出た。 「バッグ、忘れてるよ?」  少し歩いたところで、背後から声をかけられる。荷物を持って風間が追ってきていた。  大樹はひったくるようにそれを受け取ると、すぐに踵を返す。 「ねえ、戌井くんのこと俺にくれない?」  かと思えば、風間の言葉に足が止まった。 「は?」 「俺さ、こんなにも何か欲しいと思えたの初めてなんだよね」 「いや……くれないとか欲しいとか、コイツは物じゃないんですよ。好きだから手に入れたいなんて子供のエゴでしょう」 「恋愛なんてエゴの塊だと思うけど? 相手を自分のものにしたいって感情が、最大の原動力でしょ?」  大樹が言葉を詰まらせる。風間は「ほら」と薄く微笑みを浮かべた。 「君だってそうじゃん」 「……俺はもともと想いを告げる気はありませんでしたし、告げたところで、必ずしもどうこうしたいとは思いませんでした」 「へえ、本当に?」 「確かに……一概には言えません。けれど、できる限りコイツには笑っていてほしいし、幸せでいてほしい――相手の感情が一番に決まってるじゃないですか」 「………………」 「それが理解できないあなたみたいな人には、絶対に渡したくない」  吐き捨てるように言って、大樹は歩き出す。 (大樹……)  見上げた顔は苦痛に歪んでいて、胸が締めつけられる思いだったが、何一つかける言葉が見つからない。  誠は連れられるがままに、目覚め始めた街を歩いたのだった。

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