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scene16-02

「そしたら鳴らしてみましょう。ゆっくりでいいんで、一番太い弦以外を上からスーッて」 「これ切れたりしねーよな?」 「ちょっとや、そっとじゃ切れませんよ。リラックスしてください」  深呼吸一つして、たどたどしく上から下にピックを下す。すると、なんとも形容しがたい腑抜けた音がした。 「ほら、緊張するから鳴ってない音が出てきちゃいましたよ。中指も他の弦に触れちゃってますし」  指の位置を直しながら、雅が指摘する。 「緊張とかそんな問題なのか?」 「変に力を入れないで弾くのが一番ですよ。はい、もう一度」  言われたことを信じ、再びピックで弦を弾く。驚いたことに、今度は心に染み入るような、あたたかみのある音が出た。 「すげえ! 鳴った!」 「ええ、ちゃんと鳴りましたね」  興奮して雅の方に顔を向けると、至近距離で視線が合う。彼は穏やかな笑みでこちらを見ていた。  赤面しつつ顔を逸らせば、クスッという笑い声が聞こえて恥ずかしさが増していく。 「初めてなのにすごいですよ、玲央さん。才能あります」 「お、おだてても何もでねーっての」  それからも、夢中になっていくつかコードを習った。  そのうち指に痛みを感じるようになり、そういえば雅の指は自分のものより硬かったことに気づく。 「なんか曲とか弾けねえの?」  ギターを持ち主に返しながら訊いてみる。 「初心者向けの練習曲程度でよかったら」 「お、いいじゃん。どうせだから聞かせろよ」 「わかりました。それでは僭越ながら――」  座る体勢を直して、雅がギターを構えた。  演奏したのは、ベン・E・キングの『スタンド・バイ・ミー』で弾き語りだった。ギターの優しい音色とともに、耳に快い穏やかな歌声が波となって胸に流れ込んでくる。 (めっちゃいいな……)  演奏が終わるなり、雅は照れくさそうにはにかんだ。玲央は純粋に彼を褒め、他の曲もとリクエストする。  その後、ビートルズの『Let It Be』、スピッツの『チェリー』と演奏が続く。  どれもが心地のいい演奏で、しばし目を閉じて聞き入ったのだが、心地よさゆえに眠りの世界へと誘われてしまうのだった。  沈んでいた意識が浮上した途端、玲央は勢いよくバッと上体を起こした。  いつの間にか布団が掛けられており、傍らには小説を片手に雅が腰かけている。 (やっちまった!)  頭を抱えつつ「悪い」と口にすると、雅は少しも気にする様子なく笑うのだった。 「いえ、大丈夫ですよ。それだけ心地よかったってことですよね」 「だけど」 「ここしばらく忙しそうにしてましたし、たまにはいいじゃないですか。それに安心してもらえるって、恋人としてはすごく嬉しいことですよ」 (そうかもしれねえけど……)  壁掛け時計を見たら、もう夕方の四時過ぎだった。どうやら一時間近く寝ていたらしい。 「やっぱ勿体ないことした気ィするわ。せっかく一緒にいられる時間なのに」  言うと、雅が寄り添うように顔を近づけてきた。二人の額がコツンと優しくぶつかる。 「今からでも遅くないですよ、玲央さん。何かしたいことはありますか?」 「雅……」 「ああ、ちなみにですが。何も思い浮かばなかったら、俺がしたいことをしますね」  彼はにっこりとイタズラっぽく笑い、続けて「10、9、8、7」とカウントダウンを始める。まさか、その間に答えろということなのだろうか。 「ちょっ! ガキかよ!」  慌てて声をあげる。けれども、カウントは容赦なく進んでいった。 (クソッ、こうなったら!) 「3、2」  と、カウントがストップする。  数を数える雅の口が、玲央の唇によって塞がれていた。先ほどの意趣返しだ。 「……やるだろ、続き」  ほんの一瞬の接触のあと、間近で顔を覗き込んで言った。雅は少しだけ驚いた様子だったが、すぐに微笑を浮かべる。 「まだ明るいのに……いいんですか?」 「いや、お前がそれ言う?」 「え? だって何時間できるのかなーって思って」 「は?」 「そしたら、ちゃんとゴムつけてやりましょうか。つけないと、玲央さんすごいことになっちゃいそうだし」 「はあ!?」 「ゆっくり、時間かけて――楽しみましょ?」  そうこうやり取りをしているうちに、玲央の背にダラダラと嫌な汗が伝う。 「お、おお、おかしいだろ!? なんでそうなんだよっ!?」 「だって玲央さんが」 「『可愛くて』じゃねえよ!」 「残念でした。玲央さんが『好きすぎて』です」  それからどうなったかは言うまでもない。  ときに激しく揺さぶられ、ときにゆっくり焦らされ――弄ぶように与えられる快感が、一日をひたすら長く感じさせたのだった。

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