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scene20-02

「せっかくだから、試着しようかと思って」 「いや、なにもそこまでしなくてもいいだろ」 「でも、今すぐ付けてみたいなって」  などと言って、雅は姿見の前に立って襟元に手を付ける。  ネクタイをクロスさせて、一周回したところで手が止まっていた。結び方を思い出しながら手元を動かしているのだろう。 (可愛いトコあんじゃん)  久しぶりに見た、年下らしい姿に口角が上がるのを感じた。仕方ないな、とわざとらしく息を吐いてからネクタイに手を伸ばす。 「お前、身長あるから大剣長めに取っていいだろ。こうやってもう半周させて、ループ状になったところに通して……って、人の結ぶのムズいな」  向かい合って結ぶのが悪いのだろうと、雅の背後に回った。少し背伸びをし、肩口から顔を出すようにして再度ネクタイに手を付ける。 「ああ、こっちのがやりやすいわ。そんで、形を整えたらしっかり締めあげて……よし、できたっ」  形のいいノットの出来栄えに、フフンと得意げになった。  が、次の瞬間、背後から抱きしめるような体勢になっていたことに気づいて、ガバッと勢いよく離れる。 「ありがとうございます。さすがですね、とっても綺麗です」  感づいているのかいないのか、どちらとも取れぬ温厚な笑顔で、雅は礼を言ってきた。いや、おそらくは気づいているだろうが。 「あーその、似合ってるよ。……つ、つーか、そろそろパッと結べるようになれよ」  火照る顔を隠そうと踵を返す。しかし、すぐさま手を掴まれてしまった。 「すみません。俺からもプレゼントあるんで……恥ずかしがらずに、こっち向いてくれませんか?」 「ああッ!? 別に恥ずかしがってなんかねえよ!」  食ってかかるように向き直る。言葉とは裏腹に、すっかり赤面しきっているのが自分でもわかって恥ずかしかった。  雅は何も言わずに微笑んで、スラックスのポケットから小さな化粧箱を取り出す。 「受け取ってください」 「あ、ああ」  化粧箱を受け取って、勧められるがままに中身を確かめてみる。  中に入っていたのは片耳用の小さなフープピアスだった。シルバーで嫌味のないスマートなデザインは、玲央が好みとしているものだ。 「芸がないとは思いますが、プレゼントした物を身につけてもらえるのって嬉しくて。世の男性が恋人にアクセサリーを渡す気持ちが、ちょっとわかった気がします」  日頃から愛用しているピアスも誕生日プレゼントで、ピアスを貰うのはこれで二度目だった。  かといって「またか」なんてことは微塵も思わない。大切な相手が選んでくれた物を、日常的に身につけられることに幸福感を感じる。しかも、こういったものに縁のない彼が、自分のことを考えて選んでくれたのだから。 「いーじゃん、これもすげえ好みなデザインしてる。今付けてんのと合わせて、もう一つくらい穴開けてもいいかもな」 「あっ、本当ですか? 気に入ってもらえてよかったです」 「お、おう。お前こそセンスいいわ」  不器用に返しつつ、手に取ったピアスをよく眺めてから装着する。姿見の前に立つと、さまざまな角度で確認してみた。 (こんなとき、台本が用意されてりゃ苦労しないんだけどな)  己の感情を表面化できないことに、歯痒さを覚える。本当に不器用で不甲斐ない。  このような自分でも、うまく伝える方法がないかとぐるぐると考え、結局言語に頼らない感情表現をすることにした。芸がないのはこっちの方だと苦笑しつつ、名を呼ぶ。 「雅」  雅のネクタイを掴んで引き寄せると、そっと唇にキスをした。 「ありがと、マジで嬉しい」  また他愛のない話をして笑い、どちらから誘うでもなくベッドで互いを求め、甘ったるく好きだと言い合って――そうしているだけで、幸せな気持ちが胸に満ち溢れた。  ともに過ごす時間が減った分、その時間をより大切にするようになった気がする。  パートナーとして彼以上の相手なんていない。大きな腕に抱かれるたび、玲央は思うのだった。

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