96 / 142
scene20-02
「せっかくだから、試着しようかと思って」
「いや、なにもそこまでしなくてもいいだろ」
「でも、今すぐ付けてみたいなって」
などと言って、雅は姿見の前に立って襟元に手を付ける。
ネクタイをクロスさせて、一周回したところで手が止まっていた。結び方を思い出しながら手元を動かしているのだろう。
(可愛いトコあんじゃん)
久しぶりに見た、年下らしい姿に口角が上がるのを感じた。仕方ないな、とわざとらしく息を吐いてからネクタイに手を伸ばす。
「お前、身長あるから大剣長めに取っていいだろ。こうやってもう半周させて、ループ状になったところに通して……って、人の結ぶのムズいな」
向かい合って結ぶのが悪いのだろうと、雅の背後に回った。少し背伸びをし、肩口から顔を出すようにして再度ネクタイに手を付ける。
「ああ、こっちのがやりやすいわ。そんで、形を整えたらしっかり締めあげて……よし、できたっ」
形のいいノットの出来栄えに、フフンと得意げになった。
が、次の瞬間、背後から抱きしめるような体勢になっていたことに気づいて、ガバッと勢いよく離れる。
「ありがとうございます。さすがですね、とっても綺麗です」
感づいているのかいないのか、どちらとも取れぬ温厚な笑顔で、雅は礼を言ってきた。いや、おそらくは気づいているだろうが。
「あーその、似合ってるよ。……つ、つーか、そろそろパッと結べるようになれよ」
火照る顔を隠そうと踵を返す。しかし、すぐさま手を掴まれてしまった。
「すみません。俺からもプレゼントあるんで……恥ずかしがらずに、こっち向いてくれませんか?」
「ああッ!? 別に恥ずかしがってなんかねえよ!」
食ってかかるように向き直る。言葉とは裏腹に、すっかり赤面しきっているのが自分でもわかって恥ずかしかった。
雅は何も言わずに微笑んで、スラックスのポケットから小さな化粧箱を取り出す。
「受け取ってください」
「あ、ああ」
化粧箱を受け取って、勧められるがままに中身を確かめてみる。
中に入っていたのは片耳用の小さなフープピアスだった。シルバーで嫌味のないスマートなデザインは、玲央が好みとしているものだ。
「芸がないとは思いますが、プレゼントした物を身につけてもらえるのって嬉しくて。世の男性が恋人にアクセサリーを渡す気持ちが、ちょっとわかった気がします」
日頃から愛用しているピアスも誕生日プレゼントで、ピアスを貰うのはこれで二度目だった。
かといって「またか」なんてことは微塵も思わない。大切な相手が選んでくれた物を、日常的に身につけられることに幸福感を感じる。しかも、こういったものに縁のない彼が、自分のことを考えて選んでくれたのだから。
「いーじゃん、これもすげえ好みなデザインしてる。今付けてんのと合わせて、もう一つくらい穴開けてもいいかもな」
「あっ、本当ですか? 気に入ってもらえてよかったです」
「お、おう。お前こそセンスいいわ」
不器用に返しつつ、手に取ったピアスをよく眺めてから装着する。姿見の前に立つと、さまざまな角度で確認してみた。
(こんなとき、台本が用意されてりゃ苦労しないんだけどな)
己の感情を表面化できないことに、歯痒さを覚える。本当に不器用で不甲斐ない。
このような自分でも、うまく伝える方法がないかとぐるぐると考え、結局言語に頼らない感情表現をすることにした。芸がないのはこっちの方だと苦笑しつつ、名を呼ぶ。
「雅」
雅のネクタイを掴んで引き寄せると、そっと唇にキスをした。
「ありがと、マジで嬉しい」
また他愛のない話をして笑い、どちらから誘うでもなくベッドで互いを求め、甘ったるく好きだと言い合って――そうしているだけで、幸せな気持ちが胸に満ち溢れた。
ともに過ごす時間が減った分、その時間をより大切にするようになった気がする。
パートナーとして彼以上の相手なんていない。大きな腕に抱かれるたび、玲央は思うのだった。
ともだちにシェアしよう!