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scene21-01 俺様ヒーローな君にヒロイン役は(完)

 季節は巡り初夏。同棲生活をするようになってから、はや一年。  獅々戸玲央は社会人二年目、同棲相手の藤沢雅は大学四年生になった。 (ドキドキする……)  さり気なくズボンで手汗を拭う。今日は何の日かといえば、雅が受験した警察官採用試験の最終合格者が発表される日だった。  朝食後、リビングのソファーに二人揃って腰を落ち着けると、雅はスマートフォンを手にした。採用サイトにアクセスして、合格者の受験番号を確認する様子が見て取れる。 「あっ!」  雅の声に思わずビクッとした。黙って続く言葉を待つ。 「ありました! 番号ありました!」 「ま、マジか? 間違いとかじゃないよな、ちゃんと確認しろ!? 落ちたとしても、次の試験受けられるんだしっ」  混乱する頭で、合格者一覧が表示されたページと、雅の手元にある受験票とを覗き込んで確認する。間違いなく同一の番号があった。  顔を合わせれば、雅は満面の笑みを浮かべていた。 「俺、受かってました! 受かってましたよ、玲央さん!」 「ああ、よくやったな! チクショウ!」  感極まって、ガシガシと勢いよく雅の頭を撫でる。まるで自分のことのように嬉しくて、涙ぐむほどだった。 「もう、玲央さんってば!」 「クソッ、受験生のガキを持つ親の気持ちだ!」 「あははっ、いつ俺が玲央さんの子供になったんです?」 「うっせーな! つーか、もっとテンションあげろよ、雅!」 「えっ? うーん……確かにすごく嬉しいんですけど、これからが本番だと思ったら、落ち着きが戻ってきちゃって」  それを聞いて、玲央も上がっていたテンションがすっと元に戻る。 「警察学校、だっけか?」  問えば、雅は苦笑しながら頷いた。 「はい。四月から半年、全寮制の施設で過ごしてからの配属になるんですけど……正直言うと憂鬱で」 「っつーことは、しばらく会えなくなるのか」 「……そうですね」  聞くところによると、夜間や土日は外部との連絡が許可されるらしいが、最初の一か月は外出することが許されないとのことだ。また、外出自体も届け出が必要で、厳しく取り締まられるらしい。 「やっぱり、ちょっと寂しいですよね。このままでいられたらなあ、ってのは少なからず考えちゃいます」 「それは、まあ……」  一年生の頃から見てきた後輩が、己の道を歩き出したことに深い感慨を覚える。  けれど、自分の手から離れていくようで、なんとも言い難い寂しさがあるのも確かだ。また、お互いきちんと休みが取れるような職業柄でないことが、なおさらそのことを助長させていた。  社会人として仕方のないことに文句を言うつもりはないが、玲央もまだ学生気分が十分に抜けていないせいか、胸のざわつきを覚えた。 (しっかりしろバカ。いつも俺のこと支えてくれたのは、どこのどいつだ)  モヤモヤとした思考を振り切る。雅の瞳を真正面から見つめて、口を開いた。 「今以上に一緒に過ごす時間が減ったって、気持ちが離れていくワケじゃねーだろ。俺ら、もうそんな安っぽい関係じゃねーじゃん」 「……玲央さん、もしかして格好つけてますか?」 「言うな! 俺だってなあ、お前の力になりたいって気はあるんだよっ」  気取ったことを言ったはいいものの、指摘された途端、だんだんと恥ずかしくなってきて勢いは続かなかった。 「雅のことだから一人でなんでもできそうだし、俺じゃ頼りないかもしんないけどさ……支えられるだけじゃなくて、一緒にいろんなもの背負っていきてーんだよ」  語尾が小さくなっていくのを感じて、自分でも「このヘタレ!」と思わざるを得ない。  それでも、伝えたいことをしっかり口にしようと思った。 「せ、先輩として、今後もお前の成長見守ってやっから……いつまでも腑抜けたツラしてんじゃねーよッ!」 (――って、言い方! なんか違くないか!?)  思い余って頭を抱えるしかなかった。これでも相手のことは考えているのだが、言葉にするとうまくいかないのだ。 「玲央さん」  うんうんと唸っていたら、雅がやんわりと抱きしめてきた。 「あなたを好きになって、本当によかった」 「雅……」  どっと幸福感が押し寄せて目頭が熱くなる。  あまりにも不器用だというのに、言葉以上のものを理解してくれる――彼のことが好きで仕方がない。 「――」  見つめ合い、唇を柔らかく重ねる。それは甘く蕩けるような優しいキスで、互いを慈しむ想いに満ちていた。 「ねえ、玲央さん。年下らしくもっと甘えても……いい?」  雅が熱っぽく囁いてくる。玲央は返事の代わりに、相手の首に腕を回し、ゆっくりとソファーに横たわったのだった。  シャワーを浴びると、余韻を味わうようにベッドで裸のまま話をした。 「そうだ、合格祝いに何か欲しいモンあっか? どうせだから祝ってやるよ」  そんなものはふとした思い付きに過ぎなかったが、嬉しそうに雅は目を輝かせた。 「いいんですか? だったら、恋人らしくお揃いの物が欲しいです」 「そういや、今までそーゆーのやってこなかったな」 「ええ、そうなんですよね。以前玲央さんにピアスをプレゼントしたとき、ペアのものにしようかな~とも思ったんですが」 「いやいや、お前が穴開けたら相当ビビるわ。定番どころは指輪とかか?」 「あっ、とてもいいです! 恋人というか、むしろ夫婦みたいで!」 「夫婦だあッ!?」  予期せぬワードに、素っ頓狂な声が出てしまった。

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