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scene21-02
特別な意味合いを持って提案したわけではないし、ペアリングは恋人としての証というのが一般的だろう。
だが言われてみれば、雅の言うように捉えることもできるかもしれない。同性同士で婚約だの、結婚だのといった段取りはないのだし――とは考えてみたものの、さすがに飛躍しすぎではないだろうか。
(どうしてコイツは突拍子もないことを!)
ぐらぐらと混乱する玲央をよそに、雅は顔を緩く綻ばせていた。
「日本では正式な結婚登録は認められてませんけど、挙式だけだったら海外行けばできるんですよね」
「え……あの、雅サン?」
「個人的にはハワイとかすごくいいなあって。バイトでブライダルアルバムの現像やってたんですけど、チャペルもビーチも公園もすごく綺麗で」
「ちょっと待て! 自分がなに言ってるか、わかってんのか!?」
慌てて制止の声をかけると、雅はハッとした顔つきになり視線を逸らした。自分の思考が暴走していたことに気づいたらしい。
「そうですよね。《パパラッチ》に撮られたらイメージダウンになりますし」
「いやいや、まだ無名だから。つーか、そういったのじゃなくてさっ」
「でも、これからメディアへの露出高くなるだろうし……調子乗ってすみません。俺があなたの足枷に――」
「るせえなあッ! お前はいつだってそうだ、一人で突っ走ったと思ったら『すみません』だの『ごめんなさい』だの! いい加減にしろよ!」
言って、雅の額をパチンと指先で弾く。
「い、痛いです」
つい力が入ってしまったようで、返ってきたのは恨めしそうな顔だった。
が、知ったことではない。少し言ってやらないと気が済まなかった。
「そこんトコうまく立ち回るし、大丈夫だっての! 将来的にされたとしても、俺様の技量で周囲を黙らせてやるし、できなきゃ、それまでのヤツってことだろうし!」
「またそんな強がりを……」
「テメェがウジウジしてっからだろーがよ! そもそも世間なんぞに、人の恋路を邪魔されてたまるか! 俺は何があってもお前を選ぶし、それくらいの覚悟はとっくにできてるっての!」
そこで、二人してきょとんとした顔になった。
勢いで捲し立ててしまったが、やけに恥ずかしいことを口走った気がする。
「と、いうと?」
続きを促すように雅が見てきた。ここまで来たら自棄だ。
「だから、け、結婚……みたいなのはさておいて。ペアリングくらいなら、考えてやらないこともないっつーか」
胸の動悸がみるみる速くなり、少し苦しさを感じて胸元を抑える。ちらりと雅の方を見たら、心底嬉しそうに穏やかな笑みを浮かべていた。
「わかりました。だけど、やっぱり合格祝いというのはアレかもですね。俺が貰う側だったら、プロポーズにならないし」
「ちょっ……プロポーズってあのなあ!?」
「あ、玲央さんってば耳まで真っ赤になってる」
「っ、さっきからテメェは……もうそれ、一生傍にいるって言ってるようなモンじゃん」
「俺は刹那主義じゃないですし、そのつもりですけど?」
「そりゃあ俺もだけど」
思わず「あっ」と声を漏らした。顔を上げれば雅が笑っていて、また顔が熱くなった。
「お前が恥ずかしいコト言うから、うつったじゃねーか!」
「えへへっ、嬉しいです」
不意に雅の顔が近づいてきて唇を奪われた。ちゅっと小さく音を立てて離れていったかと思えば、至近距離で見つめられる。
「軽く言いましたが本気ですよ。告白したときは深く考えてなかったんですけど、一緒にいるうち、決してあなたを手離したくないと思っちゃいました」
「は……はあ!? な、なに、言って」
「後にも先にもあなたしかいない。こんな気持ちを教えてくれたあなただから、一生かけて尽くさせてください」
「ととっ、唐突に、こっ恥ずかしいこと言ってンじゃねーよ!」
「具体的に言うと、生活的にも精神的にも経済的にも俺が支えたいです」
あまりにもストレートな告白に、逃げ出したい気持ちでいっぱいになった。こちらは何の心の準備もできていないというのに。
「お前のそーゆートコ、ぜってー悪いヤツに目ェ付けられるっ」
自分はどこまでも不出来な人間で、素直に想いをぶつけるのも容易くはない。けれど、どんなに不器用でも、この愛しい相手になら伝わることを知っていた。
だから、負けじと瞳を見つめ返して、
「野放しになんかしておけねーし。――観念して、俺様のものになっちまえよ」
今度は自分から唇を重ねた。何度か啄むように軽いキスをしてから、口を薄く開いて互いの舌を絡ませ合う。
(甘ったるくて照れくさくて、どうしようもない。だけど、コイツが隣で笑ってくれるだけですごく幸せだ……)
あたたかな感情が溢れるのを感じながら、玲央は一つ提案することにした。
「なあ、雅。これから先のこと、いろいろ約束しねーか? 会えない時間の寂しさだとか、不安が少しでも和らぐようにさ」
雅は大きく頷き、そしていつものように微笑んだ。
その顔を見て、ふとヒーローに憧れていた幼少期に思いを馳せる。このようなことになろうとは少しも思わなかった。
幼い頃に描いていた将来像とは違う。けれど、自分が憧れていた映画のヒーローたちも、決して一人きりで戦っていたわけではなく、傍に支えがあってこそだった。
人生は長く、まだまだ夢の途中。この先も多くの壁が待ち受けていて、つまずくことも多々あるのだろう。それでも思うのだ、きっと彼とならばと。
(進むべき道は違っても、俺は雅と一緒に生きていきたい)
愛しい想いを胸に、二人は笑顔で今後のことを語り合うのだった。
fin.
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